第六十八話:出立(第一章、了)


『誰かが待ち望んだ、その日。

 物語の幕開け。』


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 夕刻。


 フランシスが手配した渡航手段を待ちながら、リプカはそわそわと落ち着きない様子を見せていた。


 胸にあるのは、大きな不安と――状況にそぐわない、隠しきれない期待。


 それどころではないと言い聞かせても、自分の気持ちを偽ることには無理があった。意図せず湧いた思いは、それほど大きな情動だった。


 自分は初めてオルフェア領域の外へ踏み出そうとしている。オルフェア領域内さえ、知れた範囲を歩き回るくらいであったにも関わらず、私は、これから――。


「ちっとは落ち着けよ」


 リプカの落ち着きのなさを見かねて、ティアドラが責めるでもない、肩をはたくかのような調子の声をかけた。


 リプカはビクリと飛びのいてしまったが――それに呆れを向ける者など、この場には誰一人としてなく。

 心に余裕が生まれ次第に冷静を取り戻し、リプカは大きく深呼吸して、気を取り直すことができた。


「困ったことがあれば力を貸す。こっちは五人いるんだ、尻込みすることはない。……礼儀作法の云々は、私も少しならず不安だけどな。私も皆に頼ることになりそうだな……」


 リプカの背をぽんと叩き励ましながらも、最終的に自分も弱音を吐いてしまい、ビビは思わず苦笑を漏らしていた。


 それに、クインがフンと鼻息を鳴らす。


「まあ、アルファミーナのは万一やらかしても、『いやコレはアルファミーナ連合の出なんで』で済みそうだけどな。だがダンゴムシ、お前はそうはいかない。この先私と結ばれることがあれば、アリアメル連合でのやらかしは後々響いてくることになる。そんなわけで、今回は私も進んで力を貸してやる。迷ったら、迷わず即座に相談せよ」


 照れ隠しという感じでもないご都合を添えた、彼女らしい態度で、クインも助力を約束してくれた。


 そして隣を見れば――リプカに胸を高鳴らせる安堵と、翼のような勇気をもたらしてくれる、光の花が咲くような微笑みがあった。


「リプカ様、貴方様が助けを求めるとき、私は必ず傍にあります。どうか頼ってください。そうしてくださることが、私にとって嬉しく思う、私の幸いなのですから」


 クララはリプカの手をそっと取り、いっぱいの感情を表情に湛えて、心情を伝えた。


「――皆様、ありがとう」


 一人ではない。

 多くの人と共にく。

 少女にとっての初めて。


 ――そして。


 いつだって一緒にあり、何時なんどきだって大きな力になってくれたフランシスが――重大な困難に直面した状況で、不在であることも、また――。


 期待と不安は未だ混在している。


 だが、家族に寄せる絶対の頼りとは違う、背筋を正してくれるかのような心強さを与えてくれるの存在が、リプカに臆さず前を見せる勇気を与えてくれた。


 ――やがて地平の向こうから、アリアメル連合へ赴くための渡航手段、その姿形が、小さく見え始めた。きっと重要となる知恵をリプカに授け、大きな力になってくれるであろう、五人目の友人を乗せて。


 大地が轟くような音を発しながら、異常な速度で迫ってくる影。


 黒の車体に、よく見る従来のものよりも平べったく縦に長い、より鮮麗された未来的なフォルム。

 パラティン6R型と呼ばれる――アルファミーナ連合が誇る異次元の技術が詰め込まれた、自動車両であった。


 その輝く黒は屋敷前まで到達すると速度を緩め、正門内、リプカたちから僅かに距離を置いた地点に駐車した。


「とうっ!」


 そして停車した途端にドアが勢いよく開き、飛び出すようにして王子たちのほうへ駆け寄る者があった。


「リプカちゃーん、久しぶりーっ!」


 アズナメルトゥは、彼女色に輝くいっぱいの笑顔でリプカをハグすると、ドギマギするリプカの表情に心強い微笑みの顔を寄せた。


「って、そんなに時間経ってないか。――何事かで、困ってるんだって?」

「ええ、そうなんです。あの――」

「まま、細かい話は車の中で! できるだけ早く、どうにかするために行動起こしたほうがいいんでしょ? ――私もできうる限りで力になるよ。んね、チョー戦力になるつもりだからっ! 戦友のつもりで頼ってチョウダイ!」

「ありがとう、アズ様――」


 アズはその横顔を照らす夕日のように眩しく優しい笑顔を浮かべて、「任せてっ!」と、頼りがいのある溌剌を見せて胸を張った。


 再会を喜ぶアズがリプカから離れ、ビビとクララ、そしてクインへ親愛の挨拶をして、ティアドラへは抱き留めるの《ハグ》を迷う素振りを見せ、苦笑されたりしている間に――リプカはエルゴールの屋敷を振り返り、不思議な感慨に浸っていた。


 何故かリプカはそのとき、自分が、不安や期待と同時に――喜びの感情を覚えているような気がしてならなかった。

 それがどうしてであるのか。……リプカには分からない。


「荷積みが終わりました」


 突然知らぬ声が聞こえて振り向けば、運転手であるガタイの良いリリーアグニス家お付きの者が、いつの間にか各人の荷物を車に積み終え、リプカたちへ頭を下げていた。


「ん、ありがと。――それじゃ、行こっか、リプカちゃん!」

「はい、参りましょう」


 リプカは頷き、歩み始めた。


 慣れぬ異様な乗り物に、さっそく僅かな尻込みを見せながら、恐る恐るに乗り込んで。


 エンジンが点火し、ほんの僅かに震える車体に不安と緊迫の色を浮かべながら、発車の時を待って。そして……。



 ――エルゴールの屋敷が離れてゆく。



 後部の大窓から影掛かったように見える、小さくなってゆくエルゴールの屋敷に、胸がきゅっとなる侘しさを覚えて――その感慨が旅立ちの実感となり、リプカは殊更に抱いた覚悟を胸に、未数値の未来を真っ直ぐに見つめ始めた。


 屋敷の姿が、完全に視界から途切れた。


 リプカは名残りも残さず、視線を前に向けた。


「パレミアヴァルカ連合を経由してアリアメル連合へ入国する、自動車での最短経路でシィライトミア領域へ向かうよ! 一日と少しで着くと思うけど、アリアメル連合との境でいったん休憩を挟もう。それまで結構な速度で移動することになるけど、皆ガマンしてねっ」

「はい、お願い致します」


 ――時速200キロの猛スピードで、一向はアリアメル連合シィライトミア領域へひた走る。


 旅路の先で待つものが何であるのか、そして旅路の果てで得るものが何であるのか。


 不安を抱きながらも、抑えきれぬ思いで。



 リプカは初めて、人生における未知に――そう、期待を抱いていたのだ。




第一章:『令嬢リプカと六人の百合王子様。~悪女と蔑まれ宣告された婚約破棄から始まる逢瀬物語~』、了。



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ここまで読んでくれてありがとう!

もし面白いと思って頂けましたら、評価、感想等をぜひお願い致します。


第二章も読んでいただけると嬉しいです。

未知の風景、広がる人間関係、そして進展――。

第一章以上に面白い作品となりますので、ぜひお願い致します。


itiri.


 

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