第六十一話:突然の知らせ

 それは彼女なりの誠意なのか、一応のように提示されていた利得を報労のように渡されたクララは、首を傾げるいとまもなくこれ幸いな機会と浮き足立ってリプカの部屋へ足を運んだのだが、残念ながら妄想していたような甘い展開は待っていなかった。


 部屋の扉をノックしても、返事がない。


 どこかへ出ているのかと残念を思いながら、一応もう一度ノックをしてみると――。


「――――あ、は、はい……」


 一拍置いて、魂の抜けたような、力の入らない声が返ってきた。


 不審に思い、驚かせないように品は保ちながらも内心急いで、断りを入れて部屋へお邪魔すると――案の定そこには、平常でない様子を晒したリプカの姿があった。


 ベッドの上で膝を正して座り、何かを手に握りながら、心を失ったように酷く放心していた。


 尋常ならざる様子。すわまたクインが何かを起こしたのではないかと疑ってしまったが、そうではなかった。


「ど――どうなさったのです、リプカ様……?」


 クララが慌てて駆け寄り尋ねても、リプカは「あ、あの……」「ええと……」と意味をなさない返事を返すばかりで、言葉さえ見つけられない。


「……ベッドの上に失礼しても?」

「は、はい……」


 ベッドへ上がり、リプカのほうへ近づくと、クララは、リプカが手にしているものを確かめた。


 それは、書状だった。


 おそらくリプカへの個人的な書面届けではなく、エルゴール家宛てに綴られたものだろう。


「……リプカ様、そちらを拝見しても?」


 尋ねると、リプカはしばらく迷いを見せたが、やがて頷くと、クララへそれを手渡した。


 書面を広げ、クララもそれに目を通した。

 ――すると僅かもかからずに、クララの両の目もリプカと同じ、点のそれとなってしまった。


 ポカンと小さく口を開けて、書状に書かれたその知らせを繰り返し確かめる。しかし何度読んでも、その文面が変化を見せることなどあるはずもなく、それは信じられないことに確かなものであった。



 書状は、つい先程一旦お国へ帰ったセラから送られたもので、それは領域を象徴する絵柄の判が押された、正式な通達だった。


 そこには、アリアメル連合の代表王子、セラフィ・シィライトミアが、此度の機会である婚約の名乗りを、取り消す旨が綴られていた。



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