企みの果てと懸命への感嘆・1-2
「いいか……!? 私は断じて、このお家に害を為したいワケではない。これは、より懸命にこの婚約騒動に向かい合おうとしている、それだけが動機の問いなのだ……!」
そっと部屋を覗いてみれば、クインはヴァレットのすまし顔に体をにじり寄らせ、怒りながらも精一杯に、偽り無い真摯を声色に滲ませていた。
「リプカ――あやつの人柄には、この短い間にも度々触れる機会があった。――だが、いまいち胸奥に秘めた
入り口に背を向けて座っているため、クララのほうからはクインの表情は伺えない。
クインは飾りのない、感情を
「それなら時間をかけて理解していけばいい、と言うかもしれないけれどな、私は先の戦争で、人を信じる心を失いかけている。――自分で言うのは滑稽で、本当にどうかと思うがな、滑稽なほどに自覚してしまうほど、その欠落は顕著である。そして、それはこの婚約レースにおいて、邪魔にしかならぬ個人事情である! 故に――私は、私から近づくしかないのだ。仮に時間をかけてあやつのことを信じられるようになったとしても、モタモタゴタゴタと、人を信じる心を再び取り戻す云々の物語をあやつとやっとるうちに、それが終わったときにはこの婚約レースも終わって《ゲームセット》していた、なんてことになりかねん! そんな茶番を繰り広げるつもりはなァい! ならば、様々な手を駆使してあやつの人柄を私なりに掴んでおきたい、そしてそのうえで、あやつと対面する必要があるのだ!」
クインの熱弁に、しかしヴァレットは変わらず、澄ましたものだった。
「それが、
「ハイ、三十分ぶり三回目ェその質問! いいか、繰り返すぞ」
背を向けているというのに額に青筋を浮かせていることが分かる圧を発しながら、しかし口調だけは冷静に、クインは論じた。
「私はあやつの婚約者候補である! そしてそうである以上、私はあやつをできうる範囲で幸せにしようと思っている。そして――この婚約レースの勝者は私であるッ! 主の未来の幸せのため、私に情報を寄越せと言っているのだ! ――ふざけているわけではない。よく考えてみろ、たとえ勝者が誰だとしても、あやつをよりよく想うため手を尽くそうとする者に力を貸すことは――お前にとっても本意のものであるだろう?」
「私共は、主の未来の選択に関与しません。お家を第一に思っておりますが、お家の者一人の行く先に持ち合わせる情はございません」
「嘘をつけ」
その、名指しでリプカに薄情を向けるような発言に、クインは鋭く否定を入れた。
「ならばなぜ、エルゴール家の書庫に、エルゴール家の歴史書が並べられていた? 厳重に秘されているはずの――お前も書き綴ったであろう、あれが」
――クララはハッとし、口元に手を当てた。
ヴァレットは僅かに眉の位置を動かしたが――しかし刹那で冷淡な無表情を形作り、微妙な変化をも収めた。
「……あれは、フランシス様の指示です」
「筆記体を見れば、記述者の感情も透けて見える。上手く隠してはいたが――あれは、無感情に書き綴った、情のないソレには見えなかったがな」
「それは貴方様の気のせいですわ」
「そうかな? ――――ハイ、このくだりも二時間ぶり二回目ェッ!」
クインは再び机をバンと叩き徒労を嘆く声を上げ――それを聞いたクララはガクリと姿勢を崩した。
「もぉーーー吐いちまえよお前ェ! あのな、別段お前たちに不利益をもたらす何かがあるわけではないじゃろがいッ!」
「守秘義務がございます」
「だから! 同系列かつ命令系統でお前の上にある当主代理補佐の私が、それを開示しろと言っておるのだッ!」
「報告にございません」
「ムッキームッキーーーッ!」
クインの猿叫を聞きながら、クララは呆れと驚嘆を同時に思っていた。
全て、このためだったらしい。
あの晩餐会での、強引が過ぎる役職の立候補も、このために。
王子たちに自主性を促しての清掃も、執事長に暇を作るため。
クララの弱みを握り、東棟の清掃を言い渡したのも、邪魔が入らないようにという用心が理由――。
どうしてこんなことを思い付けるのかという、突飛ながらも驚異的な発想に、クララは呆れ混じりながらも素直な感嘆を抱いた。
子供の悪戯じみた印象を抱く半面、それは全容を見れば速攻と確実性を重視した、素晴らしく成果の見込める計画であった。
執事長の視点から語られる、リプカが辿った境遇、人物像。
それはお家の者を、お家が辿った道を、お家が辿る未来を、観察と言い表してもよい程の真剣で見つめ続けてきた者の証言である。
ヴァレットがどのような人間であるにしろ、彼女の視点から語られる事情を聴ければ、お家の様々における
湾曲なように見せかけて、欲しいものまで一直線なやり口。
実際、リプカに役職を認めさせた時点で、計画はもう成功したも同然だったはずだ。たとえ冗談のような状況での采配であろうと、
……クインの計算外は、その常識にそぐわぬ想定外なキーマンの存在だった。
「申し上げられません」
「ギィイイイイ!」
ヴァレットのにべもない返事を聞きながら、クララは表情を曖昧にきゅっと顰めた何とも言えぬ顔を見せ、心中で、そっとある所感を抱いた。
(……これは、ヴァレットさんが常識外の人柄をお持ちのお人であるというよりも……)
「――あやつ、信用なさすぎだろう! 家令のこの態度――これでは判別つかぬ幼児を見守る家の者の姿ではないか! あやつ成人女性だよな!?」
突っ伏すように両の手で机を打ち叩きながら吐露した、クインのやるせない情動を帯びた叫び――それは語調の違いはあれどクララの考えていたことと同一で、クララは誰に見られているわけでもないのに両手で顔を覆って表情を隠した。
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