第六十話:企みの果てと懸命への感嘆・1-1

 その波乱を御多分に孕んだ騒がしさは、西棟へ足を踏み入れた瞬間に異変を感じ取れる度合いの大嵐だった。


 まだ声は遠いというのに、不可避のスケールで殴りつけるように襲ってきた、感情に満ちた喧騒。――どう聞いてもそれは、クインの怒声であった。


(い……いったいなにが!?)


 クララはその凄まじい騒乱に怯んでしまいながらも、恐る恐るに怒声の発生源へと抜き足を進めた。


 喧騒の源泉は――執事長に宛てられた一室であった。


 入り口脇に体を隠し、耳をそばだててみる。


「――だーからァ、私はお前の主が認めた、命令系統でお前の上に立つ、当主代理補佐の任に就いた者なんだよ!」

「報告にございません」

「嘘つけェ! あァ? もう何回目だこのやり取り! お前はあやつを主人として認めないとでも言う気か? どうなんだ!?」

「認める認めない、という問題ではございません」

「んじゃあ私の言うことも聞けゴラ! 私はお前の主が認めた、正当な当主代理補佐役だぞっ!」

「報告にございません」

「ムッキーーーッ!!」


 知性ゼロの猿叫のような叫びが辺りに響いた。


 クララは聞いてはいけないモノを聞いてしまった気がして、少しだけ気が咎めた……。


「――いいから話せェッ! あのな、私は絶対に諦めないからな。時間の無駄だからさっさと話して聞かせろ!」


 机をバンと叩き、話し相手は執事長のヴァレットだろう、彼女に、おそらくもう何度も問い質したであろう詰問を、怒声でぶつけた。


「お前が見てきた限りでいい! あやつの境遇、あやつが辿ってきた道を、家令であるお前の視点から、主観を交えて私に語れと言っておるッ!」


 その詰問内容の妙に、クララは飛び上がって驚きを露わにした。


 それは、ヴァレットの存在を知ったあのときから――もっと言えば、エルゴール家の歴史書を綴った何者かに、朧気おぼろげにも心当たりを浮かべたそのときから、いつか彼女にそれを問うてみようとクララも考えていたことであったから。


 ただし――クインが彼女へそれを問うて得られるものは、クララがヴァレットに問い得られるものとは、また違う意味の結果だろう。

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