第五十八話:アウト・1-1

 本来は使用人の作業場である、別館西棟の一室。


 そこで、日干しを経て使用人の手により加工が施された洗濯類を、持ち主ごとに黙々と仕分ける女性が一人あった。――クララである。

 装飾は慎ましいが座り心地の良さそうな椅子に腰掛けて、大理石の長テーブルに置かれた衣類をせっせとより分けている。


 使用人に仕上げを任せながらも、衣類を持ち主ごとに分けるというそれだけの作業を手伝うことに助力の意味があるのかは不明だが、これもクインの指示であった。


 とにかく、何かを、何かのために急いでいる。

 明け透けに見え透いた、正体だけが不気味に見えぬ魂胆であったが――クララはそのことには特別気を払わずにいた。いま思い馳せているのは別のこと。


(いまこの場所で、私に出来ることとはなんでしょう……?)


 それはなにも、『未熟ですが微力ながらこの場所にとっての力になりたい』といった模索ではなく、かといって他と自分を比べての優位を探す思索でもなかった。

 思い馳せていたのは、ただ単純な、答えの確かめである。


(いまこの場所で、私に出来ること。それは様々な行動を通して、リプカ様に好意を伝えることに他ならない。――この先は二人きりの逢瀬や、ミィル装飾のときのような、特別な雰囲気に恵まれることはめっきり減ってしまうでしょう。何故なら、クイン様が本気を出してきたから……!)

(巧みに妨害を考えるに違いありません。人を悪戯に疑うような、よくない考えかもしれませんが、クイン様のほうも必死なはずです。その可能性は大いにあると考えたほうがよいでしょう。ならば――!)

(ならば、何気ない普段の行動を通して好意を伝えるのがマルです。それが、私にいま出来ること)

(――変わらない、今までと何も変わりません。一生懸命に、想いを伝える。あの日、私が決意した道は、何も変わるところありません)

(そして、此度の家事手伝いの提案は、そのような意味で良い機会です。想いを胸に、一生懸命頑張れば、きっと伝わります。…………)


 少し視線の焦点をぼかしながらも手を動かし続けながら、クララはリプカとの素敵な一時ひとときを妄想した。




 リプカ様、お部屋のお掃除に参りました。


 えっ……! クララ様が……?


 はい。訳あって、王子おうじみなでエルゴール家の家事手伝いをしているのです。


 そうなのですか……!


 そういうわけで、いまばかりは、どうぞ私にお任せくださいませ。――おや、リプカ様、これは何でしょう?


 あ……それは、これこれこういうもので――。


 そうなのですね……! フフ、これこれこういうもののコレを通して、リプカ様のお心にまた、少しだけ近づけたような思いを抱きました……。


 ――クララ様……。




「…………ふ、ひ。」


 口端から漏れ出た奇妙な音を聞いて我に返り、慌ててふるふると首を振って、正気を思い返す。


(とにかく、いまは真実一路の思いで、行動を通してリプカ様に好意を伝えます……!)


 胸の高さで拳をぐっと握ると、クララは引き続き、衣類の仕分けに勤しんだ。


 ――そうするうち、気付くことがあった。


 よく見れば衣類のほとんどがリプカのものであり――更に言うと、両親やフランシスのものと思われる衣類は一つとして見なかった。リプカのものと、王子たちのもの、ここにあるのはそれだけである。


「…………」


 おそらく他のお三方は、洋服を使い切りで着ているのだろうとクララは推測した。


 リプカだけがそうではないことに、クララは納得を抱けない違和感を覚えた。フランシスが、リプカを一人外すようなことをするのだろうか……? そんな疑念に首を傾げる。


 もしかしたら、リプカ自身が望んで服を使い切りにせず、洗濯をお願いしているのかもしれない。いまあるものを大切にする――彼女リプカの人柄を考えると、それは十分にあり得ることのように思えた。それがなぜか、クララには嬉しく思えた。


 そんなことをつらつら考えている間に、仕分けるべき衣類はあと僅かとなったのだが――。


「…………」


 最後に残ったのは、リプカの下着類である。


 クララは「こほん」と小さく咳払いすると、粛々とそれを手に取り仕分けた。


「…………………………………………」




「――――ッシャアァアアア!!!!」




「ヒッ――――!?」


 咆哮と共に、入口の方から何かが転がり出てきた。

 ――ゴロンゴロンと地を這い高速回転しながら参上した何者かは、その手に持った何かを素早く“起動させ”た。


 ピピッという控えめな電子音の後に、眩い一瞬の輝きがクララを無遠慮に照らした。


「シャッ!」

「ク、――クイン様……!? な、なに、なにを、なにをしていらっしゃいます!?」


 呂律をもつれさせて急き込むクララに、クインは片膝立ちのガッツポーズの体勢からゆっくりと身を起こすと――。

 奇妙に感情を欠落させた表情で、クララをじっと見つめた。


「――――見たぞ」

「な、なに、なにがっ、ですか……?」

「分かっているはずだ」


 震えるクララに、暗がりの中で虹彩だけが光を放つ、刺すような視線を突き付けて、クインは一言一句をはっきりと発声して、クララを追い詰めた。



「お前――いま――あのダンゴムシの下着を手に取って――――嗅いだだろ」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る