アウト・1-2
「――――……。………………カイ、カ、カイデマセン――」
「嘘付けゴルァッ!」
叫び、クインは手に持ったそれをクララに突き付けた。
「証拠はアガッているのだっ!」
「…………ッ!?」
クインが突き付けるようにして見せつけたもの、それは――。
『アルファミーナのォーーー! お前、アレ貸せ! アレだ、あの戦争でクソムカつく機械の羽虫に搭載してた、かの機能を備えたナニカだ。――そうだよ、こっちを悪趣味に観察してたあの技術がいま欲しいんだ。――あ? ああ、それでいいよ――』
それはシルバーピンクが可愛らしい四角形ボディーの、メカだった。ボディーの中心でいっぱいに主張する、輝くレンズが特徴的な一品。
「――この『デジタルカメラ』とやらで、お前の痴態は全て記録済みなんだよォオオー!」
「じょッ………!」
クインは手のひらサイズのデジタルカメラを、まるで王朝の御印であるかのように高々と掲げた。
「証拠は全て、この中にある……」
「じょ……しょの……ク、クイン様……」
「なんだぁ、エレアニカの」
クインに手を伸ばしながら震えるクララに、腕を組んだ仁王立ちで応するクイン。
例えカメラに収めた証拠云々がブラフだったとしても、テーブルの上には乱れたリプカの肌着。状況はどう観測してもクララが不利だった。
「あの……うくっ……! …………な、何故――何故、あんな丁度いいタイミングで……!?」
息も絶え絶えの上手く回らぬ思考の中、口を突いて出たのは結局、自身の非を認める白状と同義の疑問であった。
クインはフンと鼻息を鳴らし、腕組んだ胸を反り上げた。
「それはもちろんのこと、このようなコトが起こるかもしれないと考え、お前にその作業を任せ、部屋の前でずっと機会を窺い、張っていたからだ」
「なっ――! ひ、卑劣です、クイン様……!」
「黙れェ変態ッ!」
腕を振り下ろしてずびしとクララを指差し、有無を言わさぬ糾弾を向ける。
「お前は他人の洗濯物を手に取って、欲情していた! 卑劣を批難できぬ変態であるっ!」
「う、うぅうっ――――ぐぅうぅ……っ!」
ガックシと大理石のテーブルに両手を付き、項垂れるクララ。
それは敗北を認めた姿であった。
「…………なぜ、うぅ、こんな企みを……!」
「フン」
クインはクララと対面の座席に座ると、腕組みの姿勢で足を組んだ。
「それは、この婚約レースにおいて、お前が最も危険視すべき存在だからである。なぜなら、お前は同性という愛情表現においてマジガチだからだ! そしてその由来は、今回の
「マ、マジガチ……! そ――その罵りは、人的個性指向への冒涜です……!」
「黙れいっ! 勘違いするな。あのな、私は【エレアニカの教え】に対する反教主義者でもないし、そこに偏見などない。訴え口調で話を反らすな……。私がいま、罵り問題としているのは――愛情指向の問題などではなく、お前の変態行為だぁッ!」
「ふぐうッ――!」
「フン……同性という愛情表現が今回の事において追い風というのは、状況を冷静に望んだ際に見える、一つの事実だ。それを踏まえて、私は今回のことを試さなければならなかったのだ。お前の理性の度合いを、確かめなければならなかった……。――だって、もしお前があのダンゴムシに堪らず手を出すようなことがあれば、おそらくそれでもうゲームセットだからっ! おそらくのこと、あやつは無駄に誠実だからな!」
「――し、しませんよッ! 嫁入りの前に、そんなことっ……!」
クララは顔を真っ赤にして憤慨を声高にしたが――その赤く染まった顔は奇妙なことに、クインの視線から明後日の方向に逸れていた。
「こっちを向いて言えェエ! ……フン、それでなくても、その事情は様々において有利に働く。アリアメルのは知らんが、他はその趣味とはおそらく無縁! ならば今現在最も警戒すべきは――エレアニカの、お前だッ!」
犯人を指差すようにクララへ指を突き付け、クインはフンと鼻息を吐いた。
「もっとも、今回の試みで何も起こらなければ、私は特に何もしなかっただろうがな。――やはりお前は危険だ」
「う、ぐぅう……っ」
「私は政治と戦争ばっかりやってたし、恋愛というものがイマイチ分からん。同性どころか、男の良さというのも、正直まだ分からん段階だしな。――お前は私と対極である、私にとって一番の対抗者だったわけだ。警戒もするさ、するともさ」
「…………わ、私を、どうしようと……?」
「どーしよっかなー」
「リプカ様を諦めろと仰るのなら……私は、リプカ様に……リプカ様のお下着を嗅いでしまったことを……告白します……」
「そんな告白あってたまるか。――安心しろ、そんなことは言わんよ。だが、これから言うことは聞いてもらう。さもなくば――」
「ぐ、ぐぅ……」
デジタルカメラを胸元に持ち上げ、見せつけるように軽く振るクイン。
クララは項垂れ、いったいどんな過酷を言いつけられるのか、なんの企みの片棒を担がされるのだろうかと、ぎゅっと服の裾を掴みながら、凄まじい悪寒に内心止めどなく冷や汗を流していたのだが――しかし。
クインが指示したそれは、クララが予想もしていなかった内容の言い付けであった。
「別館東棟を、一人で清掃しろ」
「…………へ?」
クララは呆けた表情で顔を上げた。
クインは器用に、片膝に肘を付いて頬杖をつきながら、特に敵対心的な圧など伴わない視線でクララを見据えた。
「聞こえなかったか? 別館東棟の清掃を、一人で行うのだ。――個人の部屋は掃除しなくてよろしい、ただし東棟の隅々まで清掃すること。そうすれば、私は今回のことを他言しないし、デジタルカメラに残されたデータも消去することを約束しよう」
「え……。――あの、それだけ、ですか……?」
「そうだ、一言一句間違いない。――分かったら、返事ッ!」
「は、はいっ!」
「よぅし、ではさっそく行ってこい。――約束を違えたら……分かるよな?」
「は、はい……分かりました……」
――そんなこんなで、クララは首を傾げながらも別館東棟の清掃へと足を急がせた。クインの企みを不安に思う気持ちはあれど、弱みを握られ、それに考えを及ぼす余裕はなく、どうしようもない。
結局、クインの思い通りに事が転がるように進んでいた。
部屋に一人残ったクインは、再び椅子に深々と腰掛けて一つ息を
「――さて、全てが整った」
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