ミスティアの秘密・1-2
「お兄様は私のことを第一に考えてくれる。でも、今回だけは……」
「……何か、事情がお有りなのですか?」
「はい」
月の光が眩しかったからか――ミスティアはすっと目を細めた。
「――ふと目覚めついでに、少し外の空気にあたりたくなったというのは、嘘なんです。私は明日から長く眠ることになるから、今日くらいは起きていたかったのです」
「眠ることになる……?」
目を細めて月を見上げていたミスティアの拳が、小さく、握り締められた。
「私は病を患っています……【眠り病】という奇病を患っているのです。月に一度程度の周期で、五日程の間、眠ったように意識を失ってしまう。様々な不思議のあるアリアメル連合でも、特に珍しい奇病です」
「――月に、一度」
「そう。一月に一度、帰国させてほしいというお兄様の願いは、私のためのものなのです。――満月が現れると、私は眠りに落ちてしまう。明日が、そのとき」
リプカは、塗り潰したような藍色に浮かぶ月を見上げた。
輝くそれは、ほぼ完全な丸の形を見せていた。明日はその輝きで、楕円を描くであろう。
「そうですか、だから――。……ミスティア様、それを私に明かしてしまって、よろしかったのでしょうか……?」
「私が選んだことです。お兄様には、この婚約を巡る機会に専心して頂きたいのです。――お兄様はリプカ様のことを、とても良く思っているのですよ?」
「そ、そうなのですか……?」
顔をほの赤くしたリプカに、ミスティアは純心を見せて微笑みかけた。
「それに、それ故に奇異の目を向けられ続けた私ですが、リプカ様ならそのような目で私を見ないという確信がありましたから」
ミスティアのその力強い言葉を受けて――リプカは、ミスティアの手のひらに、己の手を重ねて、それに応えた。
「ありがとう、リプカ様。――私たちは早朝に一旦帰国しますが、できればそれは、今回を最後にしたい。眠るばかりで何もできない状態に伏してしまう私ですが、どうかリプカ様、そんな私を、このお屋敷に置いてくれませんか?」
「もちろんです、何も問題ありません。セラ様とも話を交わし、なにかあれば助けになれる体制を敷きましょう。――あの、ミスティア様。ミスティア様の、歳の頃より聡明であられることには、私は本当に尊敬を抱いているのです。その奇病があるからといって、無暗に自分を陥れることはありません」
「……ありがとう、リプカ様。でも違うんです。私は――」
ミスティアは目を細めて月の輝きを見上げながら、ぽつりとそれを口にした。
「私は、庇護下ではなく、対等な関係でお兄様の隣に立って、お兄様を助けたかった。でも、それは難しいのかもしれません……」
その胸中の明かしに。
リプカは音を立てて迫った大波のような情に平常心を攫われて――気付けば、ミスティアのことを抱き締めていた。
本当に、気付けば。
強く強く抱き締められ、驚きの顔を浮かべるミスティア。リプカは時間をかけてそれをしていることに気付くと、行動を起こしたはずの自身が、あたふたと困惑の声を上げて戸惑ってしまった。
「――あ、えっ……、っあの、すみませんっ……!」
「…………。――いいえ」
リプカの困惑に、ミスティアは納得したような様子を見せて、リプカの背に手を回して、抱き留め返した。
「やはり、私たちは似た者同士なのかもしれませんね」
「…………。はい」
リプカはミスティアの背の向こうで、月の光みたいな静謐に燃ゆる情を浮かべて、頷いた。
そして、ミスティアをより一層、強く抱き締めた。
「――ミスティア様なら、いつの日か、きっとできる」
「…………。――私、同性の趣味があるんです」
力強く耳元で伝えられたその一言を受け取ると、ミスティアはしばらく抱き締められるがままに、そんなことを言い出した。
「私の好みは、私と同年代くらいの、フワフワした可愛い子なのですが……リプカ様とそのような関係が結べることがあるのなら、それはとても素敵なことだと思いました」
抱擁を解いて、顔を赤くしながら戸惑うリプカに、ミスティアは心を許した微笑みを浮かべた。
「お兄様は素敵な人です。リプカ様、どうかお兄様のことを見つめてあげてくださいね」
「は、はい……。あの、――き、きっとそうします」
曖昧ながらも精一杯に誠実な返事を返したリプカに、ミスティアは微笑みながら、抱擁のお返しとばかりにその両手を取って、ぎゅっと握った。
【眠り病】などなかったことをリプカが知るのは、その僅か三日の後のことであった。
奇妙な関係を築く、シィライトミア姉妹の在り方。
不思議が溢れる水の国で、リプカはその突飛な奇妙と直面することとなる。
アリアメル連合。リプカの、初めての旅路で――。
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