第五十一話:ミスティアの秘密・1-1
『約束。』
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夜風にあたろう程度の考えで踏み出した足は、自然と裏手の庭が望める渡り廊下へと向いていた。
しばらく涼んで、気持ちを入れ替えたら部屋に戻ろう。夜の静けさに自分一人と気を緩めてそんなことを考えていたが――驚いたことに、そこには先客があった。
遠目からでも聡明が窺える佇まいを見せる、小さな体躯――渡り廊下に座り込み、月を見上げていたのは、寝巻き姿のミスティアだった。
「ミスティア様……?」
小声で声をかけると、ミスティアは少し身を跳ねさせて振り返り――リプカの姿を認めると、気を緩めた柔らかい微笑みを浮かべてくれた。
「リプカ様、こんばんは。良い夜ですね」
「ええ、月も綺麗で、素敵な夜。……ミスティア様も、眠気が覚めてしまって?」
「はい。ふと目覚めついでに、少し外の空気にあたりたくなったのです」
「そうですか。――ご一緒しても?」
「ぜひ。光栄です」
「光栄だなんて……」
謙遜の苦笑を浮かべて、隣に腰を降ろしたリプカを見つめると、ミスティアは人肌の温度に触れたような心ゆるびを表情にした。
「本当に、人情の温かみに溢れたお人ですね。――いえ、想像とはまったく違うお方だったというお話です」
独り言のような呟きに首を傾げたリプカへ、ミスティアはそう返した。
「想像とは――ど、どんな人物像をイメージしておられたのでしょう……?」
「正直、乱暴な言葉遣いになってしまいますけども――『塵芥は死ね』、という雰囲気を纏ったお方かと思っていました」
「それはどちらかというとフランシスね……」
悪戯っぽい笑みを浮かべてそれを明かしたミスティアに、リプカは笑っていいのか分からぬ返答を返して、肩を落とした。
「やっぱり、そういうイメージが浸透しているのね……うぅ……」
「うふふ、かもしれません。――そのイメージにズレがあることを私が知ったのは、お兄様がエルゴール家に関する情報の様々を集めたその際に、リプカ様の人となりの噂を、お兄様から伝え聞いたそのときでした。どうやらイメージとは異なり、普段は気弱なお方であるようだと。妹の影に隠れ、あまり情報は得られなかったとも言っておられました」
おや、とリプカは、ミスティアの顔を窺った。
事実であるにしろ、この社交の気遣いを身に付けた子が、それを面と向かって遠慮なく本人に伝えてきたことに違和感を覚えたのだ。
案の定、見ればミスティアは雑談にそぐわぬ、少しだけ気を張った表情を見せていた。
「そのお話を聞いたとき、私は最初――リプカ様は、私と似たお人であるのかと思いました」
「え――。ミスティア様と……?」
リプカは瞳を瞬いて動揺した。
年相応以上の落ち着きと聡明を見せるこの少女と自分に、近しいものがあるとは思えなかったのだ。
「ど、どのようなところに近しさを覚えたのでしょうか……?」
「それは――私がお兄様の庇護がなければ生きていけないように、……リプカ様もまた、妹の庇護の元で生きているお方なのかもしれないと、そう思ったんです」
そう打ち明けて、ミスティアはリプカへ、眉を下げた微笑みを見せた。
「でも、全然違いました。リプカ様とフランシス様の関係は、庇護のような上下ではなかったし――なにより、貴方は強い人だった。人として、とても強かった――」
「……確かに私とフランシスの関係に上下はありませんが、しかし……あながち間違いとも思えません……。ミスティア様にそう言っていただけるほどの強さが私に備わっているかというと、それは……」
「いいえ、貴方はきちんと両の足で地に立っていた。私は――私は自分の力だけでは、この地に立てなかった……」
「どうして……? ミスティア様は、歳の頃より聡明であられるのに」
「…………。お兄様は、いつだって私の味方でいてくれた。いまこのときも。私は苦労をかけてばかりだから、せめて背伸びのように様々な作法を身に付けました。けれど結局、どのような技能を持ったところで、私はお兄様の力になること叶わず、足を引っ張り続けるのかもしれません。こんなこと、お兄様にはとても聞かせられないけれど」
「ミスティア様……?」
窺うようにリプカに見つめられると、表情を暗くして俯いたミスティアは顔を上げて、夜闇に輝く月を見上げた。
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