第二十九話:助言の示す場所へ


『最大の幸福を謳う者、最小の幸せを蔑ろにし続ける愚者。

 最小のさいわいを見失わない者、広大な世界を知る賢者。

 福よ来たれと乞い願う者。

 小さな種の緑の沢山を、日々育て続ける者。

 愚者と賢者、幸せと幸福。』


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 クララは速足に廊下を進んでいた。


 その胸に確信を抱いて。


 先程ビビから聞いた、昨日の晩餐会での様子と合わせて考えても、抱いた確信は輪郭を殊更に表す明白であった。――クララは自然と微笑んでいた。


 複雑になりつつある事情の中で、この気付きは大きく前進する一歩となり得る。

 リプカがはにかみを浮かべる、来たるべき未来の想像すら思い浮かべて足を急かせ、目的であるへ辿り着いた。


 迷いなく、扉を開け放つ。


 ――古びているという印象を受けながら同時に、そこに洗練された清らかさも感じ取れる、独特の空気が香ってくる。

 エルゴール家の書庫は、まるで小さな図書館のような様相であった。


 空間をめいっぱい使って、見渡す限りの書物が奇跡的な収納法で蔵書されている。

 古びた歴史から新しい書まで、その類も様々。


(ここに……この中に、必ず“助言”が示す書物が――)


 クララはそびえる本棚を注意深く見渡しながら、ゆっくりと歩を進め始めたのだが――。


「――――あ、あら……?」


 書架が作る大通りともいうべき最初の直線をつきあたりまで進んだところで、思わず、気の抜けた声を漏らしてしまった。



「お、エレアニカ連合のか。御苦労なこって」「ああ、クララ様。――きちんと挨拶にも窺えず、申し訳ない。こんにちは」「…………」



 大通りの角を抜けた先、唯一日の射し込む閲読スペースのそこに――すでに長テーブルに腰掛け書物を広げている先客の姿があった。


 ティアドラ、セラフィ、クインの三人だった。


 両肘をついた楽な体勢で。美しく姿勢を正して。机に足を乗せてゆったりと深く椅子に腰掛けながら――。

 三人が三人ともそれぞれ脇に書物を積み重ね、何かを探すようにそれらを捲っていた。


(あら……)


 クララは目を点にしてしばし立ち尽くしてから。


(――――むぎぅ……)


 どうやら自分は後発者であったことを悟り、がっくりと肩を落とした。


 

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