それぞれの事情~フランシス~・1-2
「――と、いうような予測を、私は慮った。どうだろうか?」
「…………」
フランシスは、僅かに沈黙した後――。
「……
それだけ、言った。
「……? どういう意味だ?」
「まさか
投げかけられた問い掛けを無視するように、フランシスは皮肉を向けた。
ビビは首を振る。
「礼節は欠けているが、人の気持ちを推し量る心はあるつもりだ。どの口が言うんだと思われるかもしれないが」
「ほんとにね」
「
「ふん」
鼻から息を吐き出すと、再びごろんと、ベッドに寝転がった。
そして仰向けの体勢のまま、彼女らしくない、少し力の籠らない声をビビに向けた。
「このことは、お姉さまには言わないで」
「どうしてだ?」
「いいから」
「――了解した。誰にも口外しないことを約束する」
苛立ちの混じった念押しから何かを感じ取ったのか、ビビは間を置かず、物分かりのよい頷きを返した。
しばらく部屋には、作業を再開したビビが立てる、控え目な物音だけが響いていた。
やがて、その奇妙な静寂の中に、ぽつりと口にされた呟きが落とされた。
「姉妹というのは、仲が良いとこういうとき、大変だな。仲が良ければ良い程――尚更」
「…………」
「私は、貴方たちほど仲の良い姉妹を、他に知らない」
「…………黙りなさい」
「――私は
「…………」
フランシス・エルゴールに個人的な借りを作る。
そんな恐ろしい現実を自ら認めたビビに対して、フランシスは優位者の圧を向けるでもなく、視線を反らし続けた。
ビビからは、フランシスの表情は窺えない。フランシスは毛布を抱いて寝転がりながら沈黙している。
――作業音が部屋に響き続ける。
ビビは急かさず、フランシスの様子を気に掛けるでもない自然体で、返事を待っている。
「…………」
しばらくの沈黙の後、フランシスは――。
「……お姉さまの、力になってあげて」
それだけ言った。
「分かった」
ビビは明瞭な声色を返した。
話はそれで終わった。
再び、部屋に沈黙が訪れる。
二人、夜更けの気だるげに、弛緩した空気を感じていた。
「……ねえ」
「うん?」
「アルファミーナ連合は、今回の戦争で面倒はなかったわけ?」
「……大変だったよ。分かってて聞いてるのか? アルファミーナ連合では意見が二つに割れた。戦争によって技術革新の飛躍が望めるという意見と、戦争によって将来技術発展に大きな停滞が起こる、という二つの意見に」
「うわ、内部分裂しそー」
「そうでもない、徐々に戦争派の意気は消沈していった。理由は二つある。一つは戦争派の者が極端に少なかったこと。一つは、この大陸において戦争など滅多に起こり得ないという事実があったから」
「まあ、そりゃそうだ」
「先の戦争において飛躍を見せた技術が皆無だったという点も影響しているかもしれない。あくまで、元あった技術を提供していただけだった。だから戦争による技術の飛躍は、今のところはただの予想だ。――それが事実だったとしても」
「お前はどっち派なの?」
「戦争参入は避けるべき派だ。そうなれば、他国への多大な技術の譲渡は避けられない。国外へ技術を渡し過ぎれば、技術権の主導が国から離れ、他国が研究に口を挟んでくる事態も起こり得るだろう。政治に巻き込まれれば、一部技術の停滞は避けられない。そんなことになれば、一部技術だけが飛躍し、それ以外は焼け爛れるぞ」
「なるほどねぇ」
「私たちはどんな何より、倫理観や政治的な理由で科学の進歩が停滞することを忌避する。それもあり、戦争派の意気はやがて自然消滅したよ」
「ふーん。どんな何より、ねえ。倫理法はちゃんとあるくせに」
「地獄を生み出さないための最低限はあるということだ。それにアルファミーナでは、過ぎた実験でしか結果を生み出せない者は無能と罵られるしな」
「素晴らしい美意識をお持ちですこと。あんたらも大概、奇跡みたいなバランスで成り立ってるわねぇ。現実が現実離れしている」
「まあ、もちろんクリーンなことばかりではないがな。例えば――」
「――へぇー。ああ、じゃああのときも……」
いつの間にか、二人の間によそよそしさは消えていて。
雑談のように、共通の話題を交わしながら――夜は更に、更けていった。
とても疲れているから寝させろと、棘だらけの感情で愚痴っていたフランシスだったが――いまビビと会話を交わすうちに、不思議とその表情に、穏やかが表れつつあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます