それぞれの事情~フランシス~・1-1
「本当に、礼節に欠けた遠慮容赦なさを見せてくることにかけては一流ね、アルファミーナ連合の連中は――」
場所はエルゴール家のお屋敷――フランシスの自室である。
フランシスは、珍しい鳥かなにかを見るような視線をビビに向けていた。
「まさか私の部屋に押し入ってくるとはね」
「押し入りではないと思う。きちんと許可は取った」
「初対面の相手に、同じ部屋で夜を明かしませんか? とか提案してくること自体が押し入りと言って差し支えない非常識だっつってんのよ」
ベッドの上でごろんと寝返りをうち、天井を見ながら、フランシスは嘆息を漏らした。
机を借り、その上に様々な電子器具を広げて何らかの実験に勤しんでいたビビは、作業の手も止めずに平然と言った。
「そのほうが、都合がいいからな。お互い得るものがあると思ったんだ。時間は無駄にしたくない」
「人間の尊厳を踏みつけにするような端的ね」
呆れを浮かべながら、フランシスは仰向けの体勢でビビに半目を向けた。
――ちなみに、ビビの言葉遣いに関しては、もうすでに苛立ちを露わにしたフランシスから「瓦礫の城みたいな無様な敬語はやめろ」と窘められていた。
「話というのは、アルファミーナ連合がウィザ連合に渡せる技術の提供度合いについてと、もう一つは個人的な頼みだ」
フランシスの皮肉などまるで気にした様子もなく、ビビは話を進めた。
フランシスはそれを聞くと、パグ犬のような
「めっちゃ本題じゃないの。面倒だから後日にして」
「後日、か? 意外だな、貴方も私と同じく、迅速を好む性質だと予感していたが」
「あのね、知らないなら教えてあげるけど、いま真夜中なのよ。お前と違って私は忙しいし、こう見えて、とても疲れている。例えるなら貫徹五日明けの休息時ね。――そんな中、初対面のよく分からん奴が部屋に押し入ってきて、雑務では片付かない面倒事を投げかけてきたら、どう思う?」
「ふむ……。――明日にしてくれ、と思う」
「分かったら、寝ろ」
フランシスは部屋の隅に置かれたソファを指差し、歯切れ良く言った。
寝床はソファでいいと言ったのはビビのほうだったが、どうやら仮にも国を代表する王子を、本当にそこで寝させる気らしい。
「できれば早急に済ませたかった話だったのだが」
「無理。久しぶりの実家で、こっちも睡眠を予定に入れてるの。今日は眠るわ」
「そうか……私は、できればもう少し作業を進めたいのだが」
「お前は本当にもう少し礼節というものを学べ。――わかったわかった、私はもう寝るから。部屋のどっかに護衛が潜んでるだろうけど、どうぞお気になさらず~」
「分かった。おやすみ」
「はいはい、オヤスミオヤスミ……」
――部屋の火が消えた。
唯一、作業机に置かれたランプの火だけが明るく輝いている。
フランシスの周囲は、仄暗い暗がりに包まれた。
「…………」
――プス。
ボン。ボンッ。プスス……チチチチチチチチ――ガッ、ボンッ、キュイイブススススーーパリンパリンパリン、バンッ!
「――――うるせぇえええエエエエッ!」
額に青筋を立てて、勢い良く身を起こすフランシス。
ビビはゴーグルを
「――ム、起こしたか」
「起こしたか、じゃねえ。そりゃ起きるだろうがよ」
「いやすまん、アルファミーナではこれが日常風景だったんだ。そうか、騒々しかったか」
「悪気はなかったのね、新手のギャグかと思った。もう少し静かにして。ていうか、なんなら部屋から出てって。今からでも別室へ案内させるから」
「そうさせてもらうかな。お邪魔にしかならなそうだ」
「何しに来たんだよお前は……」
気疲れした呆れを呟くと、フランシスは部屋の明りを灯した。
「もういいや……なんか目が冴えちゃったし、お前が持ってきた話をしましょう」
「そうか。……起こしておいてなんだが、私もそのほうがよいと思う」
「――ふうん?」
フランシスの瞳が、刃のように細まる。
もう、おふざけや休息の空気はどこにもなかった。
ビビは鞄から一枚の紙を引き抜くと、それをフランシスに手渡した。
「提供できる技術項目のリストだ。とりあえずこちらの意向はその通りだ」
「…………」
記載されたリスト項目を読み進めるうち、ただでさえ細められた金色の瞳が、更に引き絞られていった。
「これ、本気?」
目線を上げ、ビビの瞳を覗き込みながら問うた。
ビビは特に感情も込めずに頷きを返す。
「どうやら本気のようだ。今回の戦争で、新技術をお披露目しすぎた。これから、武力を目的としてアルファミーナの技術を欲しがる国々が出てくるかもしれない。――これは、それに対する牽制だ」
「なるほどね……」
フランシスは文字の羅列されたその用紙を、影の落ちた表情でじっと見つめた。
ある一項目に目を留め、それに何度も視線を走らせる――。
「新しい時代が来る」
フランシスはその項目を指でなぞりながら、明確の予期を孕んだ呟きを漏らした。
ビビはその呟きに対し、鼻から息を吐いてみせた。
「戦争など起こすからだ。我が国からの発信が要因になるとはいえ、それに目を瞑りはっきり言えば――来るべきは、ろくな未来じゃない」
「それはオルエヴィア連合に言いなさい。どちらにしろ、“軍隊”という概念は生み出されていた。戦争は避けられない状況にあった」
「まあ、そうかもな」
ビビは肩を竦めた。
フランシスは無表情を浮かべる。
「……言伝、確かに受け取ったわ。んで、個人的な頼みってのは?」
「ここにいる間に使う、研究のための設備がほしい。私個々人の頼みだ」
「手配しておきましょう。――でもなに、そんな長いこと、ここにいるつもりなの?」
「そうなるだろう。あの晩餐会での
ビビのその答えに、フランシスはぴたりと動きを止めた。
「……晩餐会での態度?」
白々しくとぼけながら、じっとビビの表情を観察するように窺う。
鬼女と呼ばれた女に、針のような視線で射抜かれる。想像すら忌避される域の、末恐ろしい状況下だったが……しかしビビは、ここに至ってもマイペースを崩さなかった。
「そうだ。その意味を考えれば、どうやら私はウィザ連合に長期滞在することになる」
「どうしてそう思う?」
「言っただろう、
「――状況を理解したと、そう断言しているのか?」
「少なくとも
ビビはこともなげに言った。
「難しく考える必要はないんだ。ただ一点、
フランシスの表情が歪んだ。
「
――そして、ビビは自身の考えを語った。
仔細漏らさず、なぜそう考えたのかという理由から、核心の暴きまで、全て。
着想の着眼点が語られた段階で既に。
……フランシスは、観念の色を表情に浮かべていた。
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