それぞれの事情~セラフィ~
「大丈夫かい? ミスティア」
「はい……大丈夫です、お兄様。ご心配おかけしました」
「そうか。大変だったね、今日はゆっくりおやすみ」
「はい……」
ベッドに寝かしつけられたミスティアと、穏やかな表情でミスティアの頭を撫でるセラ。
ミスティアは部屋に入るなり、ふらりと倒れ、気絶してしまった。――もうとっくに限界だったのだろう。自覚意識を支えに立ち、決して倒れない――幼いながらに、それは国を代表する令嬢の一人として、一流の振舞いだった。
「もう、本当に大丈夫ですから。お兄様もどうか、お休みになってください」
憔悴したミスティアを介抱するうち、時計の針は、夜も更けた時間を示していた。
ミスティアの進言に、セラは素直に頷いた。
「分かった。ただし、無理は絶対にしないこと。体調が悪ければいつでも声をかけてほしい」
「はい。ありがとうございます、おやすみなさい」
「おやすみ、ミスティア」
部屋の火はそのままに、セラも二つ備えられたベッドの片方に身を沈めた。
「…………。…………。……………………」
――何かしらの話を切り出そうとしているミスティアの、窺いの気配には、セラも気付いていただろう。
やがて、夜更けの静けさに、ミスティアの抑えた声が添えられた。
「……お兄様」
「なんだい?」
「お兄様は……アリアメルの運命を、恨んでおいでですか?」
「……! ……」
セラの沈黙は僅か一瞬だった。
「いいや。……だが、どうにかしたい、とは思っている」
「…………。お兄様」
「ん?」
「リプカ様、素敵な人でしたね」
「――ああ、それは本当に」
セラは、ずっとそのように構えていた王子然とした態度とはちぐはぐな、ある種の純粋、心が表情に漏れたような笑顔を浮かべた。
「素敵な人だったな。無垢な白の下に、幾層にも渡る深い色を持ったお方だった。――そしてその混ざり合った色を怯えることなく、臆することなく、胸を張って示していたように思う。一見の気弱さとは真逆に――」
「……? ごめんなさいお兄様、その例えは少し、分からなかったです」
「そうか。――己の内にある
「…………。む、難しいです……」
「そうか」
セラは少しだけ微笑すると、それきり沈黙してしまった。
「……おやすみなさい、お兄様」
「うん。おやすみ、ミスティア」
もう一度挨拶を交わすと、照明の火が明るいまま、その部屋に夜が訪れた。
セラは眠りに落ちる前の空白視界の中で、エルゴール姉妹のことを考えていた。
不思議な姉妹だった。互いに何かを確信しているような関係があった。
フランシス様は私たちに横柄な態度を取った。あまりに行き過ぎた態度だったといえる。
場に極度の緊張がもたらされた。フランシス様はあの場で、令嬢としてあり得ぬ、狂人の如き態度を晒した。
――だというのに。
リプカ様の姿勢に、狼狽やたじろぎの様子はなかった。
晩餐会の場が悪戯に緊張したことに対しての申し訳なさは示しておられたが――しかし妹君の態度に、疑問を思っているようなところはなかった。
不安から来る疑問や、疑いなどは一切抱くことなく。
そう、彼女はただ構えていた。ずっとそうであったように――。
あの場を見つめていた彼女の瞳。――リプカ様はいったい、どこを見据えておられたのか……?
――きっと彼女は、誰よりもフランシス様に寄り添った存在であるのだろう。理解できないところも愛しく思うような歩み寄り方で、傍に在る。そしてフランシス様は、輝かしい笑顔を浮かべて、その手を取っている。そんな二人の関係――。
憶測が過ぎると、そのようには思わない。
何故なら――あの晩餐会での、二人の僅かなやり取りから。
その絆を、確信させられたから。
――まるで絵に描いたような姉妹関係。
笑ってしまうような幻想じみた平穏が、あのお二人の間にあった。現実の確かとして……。
姉妹とはいえ令嬢である以上、どうしても政治的な建前が、社交的な立ち振舞いが、二人の距離を常識として隔てるはずなのに――あの二人は……。
もし。
あり得ぬ仮の話だが、もし私が、リプカ様と婚約を結んだなら。
あの方は、私にもそのように接してくれるだろうか?
幻想みたいな、優しい笑顔を向けて――。
――自身のその考えに、セラはフッと失笑を漏らすと。
妄想を振り払うように身動ぎを一つして、頭を空にし、眠りの白に身を委ねた――。
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