退屈な議論会・1-4

「なんだァそれ。見当違いも甚だしい、自意識過剰な推察だな、オイ」


 笑い声をそのまま言葉にしたようなトーンで発された嘲笑。

 ――意外なことに、その自らを傷つける自己批判のような推察を真っ先に否定したのは、ティアドラだった。


 愚か者を笑うかのように、ティアドラはクツクツと哄笑し続けた。


「馬鹿か。アリアメルがどんだけ格式高いか知らねえけどよ――俺はどうなる? イグニュス連合だぜ? 姉を戦争に参加させるつもりか? テメェの言う推察がもし正しかったなら、俺はこの屋敷の敷地を一歩も踏むことなく強制送還されてるっつの。あの程度の脅しで済む話じゃねえだろ、それだったら」

「しかし……」


 セラはティアドラの饒舌に口を挟んだ。


「しかしリプカ様であれば、その環境は、十全以上の活躍が見込めるフィールドであると思われますが……?」

「……お前、何かを勘違いしてるな」


 ティアドラは表情を真顔に戻し、低い声色で言った。


「格式の牢獄よりも自由で、少なくとも監獄よりマシな環境だとでも? ――ッハ」


 図星を突かれたのか、表情を僅かに変化させたセラに、ティアドラは失笑を向けた。

 そして――。


「いいか?」



 ――食卓が暗がりに包まれたような錯覚があった。



 絶望と同じ色の、巨大なけだものを思わせる重氣が、ティアドラの周囲で揺らめいていた。


 一人を除く、他の全ての者を圧倒しながら、瞳孔の細まった瞳でセラを射抜き――ティアドラは言った。


「よく聞け。――戦争屋っていうのはな、人殺しが楽しいから戦争屋やってんだよ」


 その告白は。

 ずっと冷静を崩さなかったセラに、ふっ、と、息を僅かに吐き出させるだけの圧があった。


「俺たちは戦争孤児じゃねえ。戦争屋だ。己の意思で戦争に、しかも他人様が勝手におっぱじめてる殺し合いに飛び込む野郎共だ。誰に命令されたわけでもねえ、命令は所詮、戦争に参加するための許可証でしかねえ。金はオマケだ、生き甲斐だから飛竜と一緒に空飛んでんだよ。戦いを心から望んでいるから――なあ、お前は今、そこのお嬢様に、君は戦争屋の適正があるねぇ、と、そう言ったんだぜ? ハ、オイこれフランシス殿が聞いたらどう思うかね? やっぱアンタ、門前払いみたいなテイで排斥されるかもな。ハッハ――」


 ティアドラが笑うと――知覚できないほど大きなモノに射竦められるような重圧、息すら許さぬプレッシャーは消えた。


 話を聞き終えると。

 セラは、それに対する理解の重大を覚悟するように、ゆっくりと、告げられたその意味を飲み込み――。

 深刻な表情をリプカへ顔を向けると、深々と頭を下げた。


「申し訳ございません、リプカ様。大変な間違いを口にしました」

「い、いえ! 悪気がなかったのは分かっていますから……お顔を上げてくださいませ」


 慌てて両手を振るリプカのテンパりように助け舟を出すような、絶妙なタイミングで、アズの声が割って入った。


「色々な意見が出たけど、コレ! っていう事理明白な推察は出なかったね」

「フランシス殿の思惑、その全体像が、必ずしも事理明白なものであるとは限らないけどな」


 頬を掻きながらティアドラは相槌した。


「まあ確かに、出た意見の悉くは憶測止まりだった。『空は青い』っていうアルファミーナの女以外の意見は、な」


 最後の一文は皮肉げに言ってみせたが、ビビは無視でもない無関心で、食事を口に運ぶのみだった。――ティアドラはそんなビビに、珍獣を見るような視線を向けていた。


「とりあえず今は、これ以上の推察は難しそうだね。お食事楽しんで、フランシス様を待とっか!」


 いつの間にか場の進行指揮を担いながら、アズが明るい声で言った。


「まあ、そうな。……遅いねぇ、フランシス殿は」

「なあ、この料理はどう食べるんだ? こういった作法にも疎くてな、教えてくれないか」

「ああ、それはですね――」


 それぞれ、晩餐会らしい食事へと戻った。


 リプカもすっかり冷えてしまった、久方の豪華な食事に手を伸ばしながらも――心内では、まだフランシスの思惑に思いを巡らせていた。


 どういう意図だったのか。


 ――と、隣で、アズがぽつりと呟きを漏らした。


「でもどうして、私たち婚約候補者に向ける思惑があるのなら、エレアニカ連合の王子様を、強引にでも晩餐会に招かなかったんだろ……?」


 その何気ない疑問の呟きが、鍵となった。


 

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