第六の王子・2
対面で席に着き、改めてセラの顔を正面から見ると、あまりの顔立ちの良さに、リプカはなんだか酔ったように少しくらくらしてしまった。
「あらためまして自己紹介を。私はアリアメル連合を代表して、リプカ様と相席する機会を頂いた婚約者候補、セラフィ・シィライトミアです。どうぞセラとお呼びくださいませ」
若干砕けた口調になって改まったセラに、リプカはぺこりと頭を下げた。
「リプカ・エルゴールでございます。本日はよろしくお願い致しますわ……セラ様」
その呼び名に、セラはにこりと微笑んで親愛を示した。
「この度は相席の機会を頂き嬉しく思います。アリアメル連合故の特殊な事情をご容赦願いたい」
セラの口にした『アリアメル連合故の特殊な事情』という台詞も気になったが、リプカにはまず何より先に確認しておきたいことがあった。
「あ、あの、セラ様」
「なんでしょうか?」
「あの……勘違いだったらごめんなさい」
勘違いかもと考えながらも、ほとんど確信を持って、リプカはそれを告げた。
「貴方様は……ひょっとして、女性であられる……?」
美し過ぎる容姿。
手と手を触れ合わせたときの、柔らかさ。
そしてなにより――。
――結果だけを言えば、リプカのその直感は間違いなどではなく、事実を射た実際であった。
だが、リプカからその問いを受けると――セラは、ぽかんとした表情を浮かべたのだ。
それは女性だと言い当てられた戸惑いなどではなく、もっと別種の――。
……リプカには、その表情に覚えがあった。
(あ…………)
セラの浮かべたその表情――それは過去幾度もあった、己の無知を晒したときの、周囲の反応と一緒だった。
問いの正否は間違っていなくとも、問い掛けることそれ自体に間違いがあったらしい。
リプカはそれに気付き、赤面した。
何がどうなっているのかは分からない。だがきっとその事情は、了解していることが常識だったのだろう。
「――失礼。我が国の常識に捕らわれるあまり、リプカ様への配慮を怠る大変な愚を犯していました。どうかお許し頂きたい」
居住まい改め、気を取り直して告げられたセラの謝意に、リプカはますます居た堪れない気持ちになった。
「いえ、こちらこそ常識が無く……。あの、もしやそれは、アリアメル連合故の特殊な事情というのが関わっていることなのでしょうか……?」
「その通りです。先に事情をお話しておくべきだった。申し訳ない」
「い、いえ……私が――」
「リプカ様」
ガタリと音を立てて席を立つと、セラはビクリと震えたリプカの元へ歩み寄り、膝を折って、そっとリプカの手を取った。
「あ、あの……?」
「リプカ様、これは本当に、私の至らなさが招いた誤解です。どうかご自分を卑下なさらないで。お願いです」
下から真っ直ぐに自身を見つめるセラの、青色の澄んだ瞳と誠実の視線に、リプカは顔を赤くして頷いた。
「――はい。ありがとうございます、セラ様……」
視線を返したリプカに表情を緩め、手近の椅子を引いて、リプカの隣に腰を降ろした。
間近で見ると、もう間違いようがない。男装に身を包み、男子然としているセラではあったが、しかし彼――彼女の中には、まぎれもなく女性の美しさがあった。
セラは若干雰囲気を柔らかにして、リプカを見つめ語り始めた。
「――さて、我が国アリアメル連合の全土には、呪いとも言うべき不思議な事情があります」
「不思議な事情……? それはいったい?」
「それは、アリアメルの子は七割が女性として生まれるという事情、また貴族筋であればその確率は九割にものぼり片寄るという怪現象です」
「そ、そんなことが……!?」
「原因は未だに不明です。科学的解明は何一つ進んでいないと言っていいでしょう。そんな事情があり、アリアメル連合で生まれた女性貴族の数割は、生まれたそのときから男性として育てられる習わしがあるのです。――私も、その一人」
「そ、そうだったのですね……」
「女性同士でも子の生める技術は、技巧の国アルファミーナ連合が提唱した方策により確立されています。そういった意味では問題ないのですが……」
「えっ!?」
全く知らぬ事情であった。
遥か未来の技術革新としか思えない科学だった。いつの間にか、世界に置いて行かれたような思いを味わう。
「ただ、女性同士ということで、国の外では嫌悪する
「わ、私は、べつにその点は……気にしません」
「パレミアヴァルカ連合の方も女性であって、驚きました。……失礼ですがもしや、リプカ様はそちらの趣味がおありで?」
「わ、私は……」
個人の嗜好を否定するつもりはないが、違う、と口にしようとした瞬間。
脳裏に、クララの姿がふわりと浮かんだ。
「……ま、まあ……おそらく多少は……。あ、で、でも、アズナメルトゥ様の件については、単純な行き違いが原因の間違いでして」
「そうなのですか? ――とにかく、
セラは言うと、リプカの手を取り、自身の胸にそれを持っていった。
「……私も、性別の上では女性なのです」
触れてみれば確かに感じる、服の上からでも分かる膨らみ。
どぎまぎするリプカの前で、セラは眉を下げ、諦観に似た微笑みを浮かべていた。
(苦労してきたお方なのかもしれない……)
内心でセラのことを思っていると、ふと思い出したように、セラは小首を傾げた。
「しかしリプカ様、事情を知らず、よく私が女性であるとお見抜きになられましたね。言わなければ絶対に分からない容姿をしていると自負していましたが……失礼に当たらなければ、理由をお聞きしても?」
「ええと……」
セラが女性であると、ほとんど確信した理由。
美し過ぎると感じたその要因。それは――。
「貴方様の微笑みの中に、女性的な美しさを見つけました。それは男性の中に見つけるそれではなく、はっきりと華の色を持った美しいもので……見間違えようもなく、そこで気付きましたわ」
リプカの言葉に、セラは目を見開いた。
すわ、気付かず失礼に当たることを言ったのではと慌てたリプカだったが――セラフィはやがて、本当に彼女らしい微笑みを浮かべた。
儀礼を取り払ったその微笑みに、リプカは目を奪われた。それは花咲くように美しい、女性的な魅力に溢れた笑顔だったから。
「私はアリアメル連合を代表する王子、セラフィ・シィライトミア。リプカ様、私は貴方様のことを、もう少し深く知りたく思いました。出会ったその日から不躾ですが、まずは友人から関係を始めたい。何卒、よろしくお願い致します」
言って、セラはリプカに手を差し出した。
――今日、三度目の小さな奇跡。
それに小さく震えながら、リプカはセラの手を取った。
するとセラは、それまでの固さの残る態度から一変、今度は少年のように天真爛漫な笑顔を浮かべて、リプカの心を再び魅了した。
生まれ育ちの理由があり、様々な色を己の中に持つ王子。
彼女との関係は、当初リプカが思い描いていた友情とは異なるものへと形を変えてゆくのだが――それはまだ、先のお話だ。
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