20 cold

scripter:


 ホテルに車をつけてもらい、私はひとりとぼとぼとロビーの中に入っていく。

 衛理から手渡された、彼の手紙を抱えて。そこにはこう書かれている。


『暗号通貨市場と電子世界を支配するに至った僕は、いかなる論理も必要としない。

 だから買収も、説得も、交渉も受け付けることはない。

 僕はただ、凍てついたこの世界が燃えるのを見たいだけなんだ』


 そこにはコンシェルジュの明穂さんがいた。やがて驚愕の眼差しで、私のところに駆け寄ってきた。とても嬉しそうに私に言った。

明穂「もうここには戻られないかと!」

 私はどうにか笑みを浮かべる。

未冷先生「ええ、私もほんとは、そのつもりだった……」

 その時、お姉さんは私に訊ねてくる。

明穂「彼はどこに?」

 私はどうにか答えた。

未冷先生「行っちゃった……」

 明穂さんは優しく、私を抱きしめた。けれど、私は言った。

未冷先生「ありがとう。もう涙は、十分流したから」


 再び帰って来たスイートルームには、彼の痕跡がいくつも残っている。綺麗に洗われたコーヒー用品。クローゼットを開ければ、私が買い与えた彼の服と、彼の本の山。

 そして、テーブルの上には、かつて私が置いたように、iPhoneと、Apple Watchと、MacBookまで置かれていた。私はそれらを呆然と眺める。

未冷先生「確かにあの子、最後の最後のとき、全部もってなかった……」

 私は手紙を置き、その端末を開く。けれどそれらはすべて、最初期の状態から起動するだけだった。

 私は俯く。そして、呟いた。

未冷先生「じゃあなんで、こんな誤解を招く手紙だけを置いて、あなたはいなくなってしまったの……」

 そのとき、ふとMacBookの下に何か紙が挟まれていたことに気がついた。私はそれを開く。それは、とても短い手紙だった。


 私は彼がよくいたベランダで、それを開く。

『先生は旅に出る。旅するのは、人の思い描く幻想。

 未だ凍りつくことのなく、冷めることのない、先生とみんなの、理想に燃える世界だ。

 先生はただ、僕の脚本スクリプトのその先に、進めばいい』

 そして、私の、そして彼の香水の香りを、手紙から感じた。

 手紙の上に、涙が流れ落ちた。流し切ったはずの涙が、溢れて止まらなかった。

未冷先生「君のいない世界なんて……私には……」

 アンテナは語ることもない。夕焼けに輝く空を見上げても、彼がつくりあげた人工衛星は見えない。

 私の目では、空に彼の面影を見つけることはできなかった。

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