10 punishment

executer:


 翌朝の休日。私は、あいつのスイートルームに向かった。ドアをノックしても、反応はない。扉を引いてみた時、錠前による阻害もなく開いていく。私はその中に入る。私は歩きながら声をあげた。

衛理「ねえ、いないの」

 その時、テーブルの上に何か紙が残されていることに気がついた。それは、手紙だった。嫌な予感を感じながら、私はその中を急いで開いていく。そこにはこう書かれていた。

『暗号通貨市場と電子世界を支配するに至った僕は、いかなる論理も必要としない。

 だから買収も、説得も、交渉も受け付けることはない。

 僕はただ、凍てついたこの世界が燃えるのを見たいだけなんだ』

 私はすぐさま、真依の部屋に向かう。


 私たちの新たな雇用先であるオフィスに入り、新しい上司に手紙を出した。

衛理「あいつがいなくなりました。これは任務ですか」

 上司である黒沢さんは中身を改め、そして言った。

黒沢「とにかくこれをみたまえ」

 そう言って、彼女はモニター上でテレビをつけた。その中で、アナウンサーは信じられない言葉を放っている。

アナウンサー「少額出資マイクロファイナンスを実行していた会社が、貸金業法違反で業務停止を勧告されたことを受けた報復として、複数の議員と各省庁の職員による外患罪をはじめとする不正行為を声明として発表しました。議員らは現在行方をくらませています」

 そう言いながら、テレビではかつて作戦で利用した晴海客船ターミナルすら映っている。私が言葉を失っているなかで、真依は訊ねる。

真依先輩「後輩が、裏切ったってことですか」

 黒沢さんは頷いた。

黒沢「そう捉えるしかないだろう。情報を開示された我々も、未冷も、他の国の諜報機関もこれでは完全に動きを止めるしかない。我々人類はたったひとりの人間の手で、組織犯罪の実行を不可能にされた。いまネット上の誰もが、OSINT:Open Source Intelligenceとして状況の特定に動き始めている」

 呆然としつつも、どうにか私は訊ねる。

衛理「あいつは未冷のオフィスに?」

 黒沢さんは首を振った。

黒沢「あそこにはいない」

衛理「なぜわかるんです」

黒沢「直接本人と連絡が取れた」

 私はどうにか口を開く。

衛理「じゃああいつは、私たちも未冷も世界も敵に回して、何をしようとしてるんですか」

 新しい上司は答えた。

黒沢「地球規模の幻想に、我々を突き落とそうとしている。どんなに穏やかそうにみえたとしても、彼は通貨の悪魔……この救いがたい星で最強の、独裁者なんだよ」

 呆然とするなかで、黒沢さんは言った。

黒沢「何よりも我々は協力が必要だ。すぐに未冷のもとへ、これを持っていきなさい」

 そして、分厚い封筒を手渡された。

衛理「これは?」

黒沢「彼の、最大の要求だ」


 休日の学校の校長室で、未冷はその中身を開けていく。そして中身を出す。その中からは一枚の書類、そして信じられない量の現金と、クレジットカード、そして、パスポートが出てきた。未冷は言った。

未冷先生「黒沢さんから連絡を受けた通り」

 そして、横にいた陽子へと手渡し、

未冷先生「詳細に内容を確認できたら、私のところへ。すぐに準備を」

 陽子は頷く。

陽子「わかった、未冷」

 その時、真依が訊ねた。

真依先輩「それは一体なんなの」

 陽子が答える。

陽子「あのひとたらしが言っていた全部を、国が了承するもの。今から私たちは、国に仕える」

 真依はつぶやく。

真依先輩「まさか、こんな一瞬で……」

 陽子は付け加える。

陽子「ただし、法整備が未完了な以上はこの国では確実に追跡される。だから私たちはこの国から脱出する」

 真依は訊ねる。

真依先輩「なぜ。彼の願いからは背いていないはず」

 陽子は答える。

陽子「私たちの事業には、従業員を除いて証拠となるデータはない。ただしこの国で続ける場合、あのひとたらしが構築したシステムに放たれたエージェントプログラムは法に反した存在を探し続ける。OSINTで追跡した情報を含めて。獲得した情報は、間違いなく敵対者にも露見するリスクを孕む」

 未冷がそこで答えた。

未冷先生「つまり私たちの存在が不利な状態のまま露見して、敵側の手によって粛清対象になりうる」

 真依先輩がそれで気づき、

真依先輩「それらに対抗するには、私たちは皮肉にも、後輩のシステムから逃げながら、同時進行でひとつになるしかない」

 未冷は頷く。

未冷先生「たとえこの社会が、国際権力による監視社会と言われるに至るとしても」

 私はつぶやく。

衛理「そんな、あいつがどうしてこんな……」

 未冷は首を振った。

未冷先生「私の教え子だからこそ、ここまでできる」

衛理「どういうこと」

未冷先生「彼は行政からの命令に背いて離脱してその権限を限定されているけれど、いまなお最も利用されている暗号通貨の開発者のまま。委員会による通貨コントロールまで含めてそれは実装されている。価格は相対的に高騰しているとはいえ、他の通貨と比較して非常に安定している。どうなると思う?」

 私は答える。

衛理「国の通貨と同じ力を持つってこと……」

 未冷は頷いた。

未冷先生「私は結局、彼の暗号通貨を含む資産の貯蔵量を把握しきれなかった」

衛理「推定される量は?」

未冷先生「少なくとも小さな国であれば、すべての資産を買い上げられる程度」

 国を買う、という重みにめまいがするなか、未冷は続けた。

未冷先生「彼の暗号通貨は、ただのべらぼうに高いデータではなく、基軸通貨のドルと同等の通貨の価値を発揮している。もはやどの通貨に切り替えようが意味がないことを彼は金融危機のなかで証明してしまった。だからどの通貨を手離すこともできない。あの子が通貨システムの建築家アーキテクトである以上、彼は単独でもアメリカの中央銀行に準ずる力を手にしている」

 私が立ち尽くすなか、未冷は核心を告げる。

未冷先生「彼はもう、私の教え子じゃない。通貨の幻想そのものになった」

衛理「通貨の、幻想……」

 未冷は私に訊ねる。

未冷先生「あの子は何か、変なことは言ってなかった?」

 私は彼の言葉を思い出し、そして言った。

衛理「僕の通貨世界をみんなが悪用し続けるのなら……僕自身の手で、粛清する」

 その校長室の中に、沈黙が訪れた。未冷は言った。

未冷先生「いよいよ私たち先生に、報いが訪れるのかな」

 その時、財前が飛び込んでくる。

財前「公安からだ。監視システムが脚本家スクリプターの存在をここで検知したと。敵が来る」

 私は顔が青ざめた。未冷が周囲に告げる。

未冷先生「すぐにここを脱出する!」

 その時、大きな爆発音が響いた。私たちは伏せる。そして、陽子がスマートフォンの画面を見ながら言った。

陽子「武装した連中がここに入ってきている!」

 財前が言った。

財前「もうすでに、奴の幻想の中なのか」

 陽子が即座に答える。

陽子「とにかく早くここを出ないと、警察も来る。まず羽田に向かいましょう」

 私たちは銃を引き抜いて学校を駆け抜ける。

 飛び出したその直後から、銃撃を受ける。私たちは即座に壁や部屋のなかに戻る。そして私は鏡を取り出し、敵の位置を確認する。彼らは走ってこちらに向かって来ていた。私は飛び出し、彼らを撃ち抜く。そして全員に告げた。

衛理「クリア!」

 私は全員を引き連れて一階へと階段を駆け降りていく。階段を降り切ったところで影に隠れて敵が銃を構えていたのが見えた。私はその影に低姿勢で飛び込み、敵を撃ち抜く。そして階段から出ようとしたとき、大量の銃弾が流れて来て、身を潜める。そして全員に止まるように手で合図を出した。鏡でその先を見つめる。そして舌打ちした。

衛理「完全に待ち伏せされてる。数多すぎ」

 そこで未冷がやってきて、

未冷先生「私にその銃を」

 私は首を振った。

衛理「あんたの狙撃はここじゃ役立たない!」

未冷先生「じゃあどうすれば!」

 私は奥歯を噛み締め、鏡を見ていたその時、待ち構えていた敵は突如として銃で撃たれ、倒れていく。私は未冷に訊ねる。

衛理「財前さんたち?」

 そのとき私たちのところに財前さんたちは降りて来た。

財前「ここにいるが」

 私は鏡をもう一度見る。

衛理「じゃああれはいったい誰が」

 そのとき、黒い服装の警察たちが現れた。倒れた敵へ歩み寄り、とどめの一撃を加えていく。そのなかで、なぜか銃ではなくスマートフォンを抱えた人物がその様子を見つめていた。彼は他の警察と同様の服装、黒い服装、防弾チョッキ、ガスマスクをつけている。だが、場違いなくらいに身構えていなかった。そして、その顔が突如として私たちのほうに向く。鏡をみつめる私たちは息をのむ。けれど彼は何かを小さく告げたかと思えば、彼らを引き連れて、どこかに立ち去っていった。私は呆然とつぶやく。

衛理「どこかで、見覚えが……」

 そこで陽子が告げた。

陽子「脱出しましょう、彼らに見つかったら全て終わる」

 私たちは再び走り出す。

 学校の駐車場に止めた、レクサスISの後部座席に未冷を座らせ、私と真依は車に乗り込んだ。財前や陽子、そして、山崎や杉原と呼ばれていた人たちも、隣のアルフォードに乗り込んでいく。

 私たちはすぐさま車を発進させる。私は言った。

衛理「首都高で走れば、十五分以内に辿り着ける」

 アルフォードとともに走っていき、湾岸道路を駆け抜けていくそのとき、そこになぜか、警察車両たちが検問をしているのが見えた。

 私は即座にハンドルを切って、来た道を逆走を始めた。事情を計りかねた助手席の真依が訊ねた。

真依先輩「どうしたの!」

衛理「あれは罠!」

真依先輩「どうして!」

衛理「敵は警察も取り込んでいるかもしれない!未冷、すぐにアルフォードに乗ってる連中に連絡を!」

未冷先生「もうしてる!」

 車に大量のクラクションを鳴らされながら、私はその間をくぐり抜けていく。警察も異常に気づいたのか、サイレンの音が遠くから聞こえ始めた。それでも私は笑った。

衛理「いくら警察でも、逆走はできない……」

 その時、サイドミラー越しに後部を見つめた。しかしそこに、アルフォードはいなかった。未冷に訊ねた。

衛理「あいつらは!」

 未冷は呆然と答えた。

未冷先生「通話が、切れた……」

 私は舌打ちしながら、逆走ルートをくぐり抜けて、本来の順行に帰還し、最高速度で走る。真依が訊ねる。

真依先輩「どこにいくの」

衛理「私たちの拠点、浦安に」

 そうして車を走らせているとき、途中のインターチェンジから複数の黒塗りの車たちが出てくる。真依は息を呑んで、銃を取り出す。

真依先輩「あれも、もしかして敵なの……」

衛理「まだ撃っちゃだめ、どっちなのか、わからない」

 そのとき、未冷が真依から銃を奪い取り、そして後部座席で窓を開けないまま、銃を構えた。

未冷先生「備えておくしかない。衛理、車の速度を上げて。ついてくるようなら、たぶん敵」

 私は車のアクセルを踏む。そして車は加速していく。それに他の車たちも追随してくる。未冷は忌々しげに告げた。

未冷先生「敵か……」

 そしてその黒塗りの車がゆっくりとドアガラスをおろしていく。彼らは銃を構えていた。未冷が身構え、引き金を引こうとしたその時、その黒塗りの車は突如として何かに撃たれる。後続の車に激突され、揺れる。激突されてひしゃげた車はスリップし、吹っ飛ぶ。後続の車たちはそれらに阻まれ、ぶつかり、そして追突を起こしていく。そうして私は、後ろで詰まりに詰まっていく車たちを呆然と眺めながら言った。

衛理「なに、いまの銃撃……」

 その疑問にだれも答えることのないまま、私たちの車は走り続けた。

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