8 stupa

protagonist: architect - sentinel:


 黒沢さんのオフィスを出たとき、その美しく、威厳あふれるライティングの廊下には、新たな先輩がいた。

ナカモト「浮かない顔をしてるね、後輩くん」

「ナカモト先輩……」

ナカモト「話は聞いている。コーヒーくらいは奢るけど?」

 僕は頷き、サトシ・ナカモトは僕と共に歩みを進めていく。彼は言った。

ナカモト「君は監視者センチネルとしての僕の役回りを引き継ぎながら、とてつもなく難しいことをこなそうとしているね。いいことではあるが、みんな君の速度についてきているのかな」

主人公「僕は急いでいるつもりはないのですが、先輩」

ナカモト「そうさ。だけど、みんなに選挙に行けだの、勉強しろだの言っても、世界が変わるわけではない。彼らも無駄だと思うことをしている暇はないんだ」

 僕は言葉に窮してしまう。


 彼はブラックのコーヒーを差し出してきた。僕はそれを受け取り、僕らは人のまばらな休憩室で座る。外に広がるのは夜の高層建築物達で、その光はずいぶん減っているように感じた。僕がそのコーヒーを飲んでいるとき、先輩は言った。

ナカモト「僕たち先生の仕事は、よく言われる通り対症療法だ。根本治療ではない」

 そして続けた。

ナカモト「暴力をふるう悪い子が生まれる。それを潰す。けれど、その悪い子が生まれる土壌は放置したままか、改善に失敗してきた。先生になることができず、革命から抜け出せなくなったソ連に始まり、天下のアメリカも、アフガンで続けてきたことさ。そして結局、いずれ来たる教え子たちによる暴力や差別を見て見ぬふりして、立ち去るしかなかった。だからこそ私は今まで、そんな悪い子たちを監視する術を構築してきた」

 僕は訊ねた。

主人公「あなたはこんな先生の……連合国軍最高司令官総司令部GHQの仕事を、どう思うんです」

 彼は微笑む。

ナカモト「ろくでもない、だが、何もしない理由にもならない。愛する人を殺されるのは、誰だって嫌だから。君もそう思うから、ここにいるんだろ?」

 僕はおもむろに訊ねた。

主人公「その愛する人が、もしも世界から見た時、殺すしかない、悪い子なんだとしたら?」

 ナカモトは笑った。

ナカモト「案外君は自分のこと、オープンなんだな」

主人公「どうせバレてると思っていましたから。あなたが言っていた天の声とは、ここのことだったんでしょう?」

ナカモト「半分正しいが、絶妙に違う。元は、未冷から君のことを聞いていた。君に会う前から、ずっとね」

 僕はため息をつく。

主人公「そうすると、ずいぶん僕にお詳しいようですね、先輩」

ナカモト「ああ、だから悲しいお知らせだ。僕は、未来の君なんだ」

 呆然として、訊ねた。

主人公「時間を逆行していらっしゃったんです?」

 彼は笑う。

ナカモト「いいや。けれど僕は、これから君がするように、愛する先生の為に、世界を売ったんだ」

主人公「世界を売った?一体何をしたんです?」

ナカモト「銀行におけるすべての取引情報を、国際権力に売り渡したのさ」

 僕は、かつての自分のしてきたことを思い出す。気づいたようだね、とナカモトは言って、

ナカモト「君はある事件のとき、銀行の中に存在した金融諜報機関に情報を明け渡すための世界から見つめていただろうが、あの応用記述界面APIは、僕がつくりあげたんだよ。君はさらに地球上の金融諜報機関FIUのデータすら束ねあげたけどね」

主人公「あの応用記述界面APIをつくったのは、銀行を使う犯罪者を狩るためだったんですか」

ナカモト「ああ。だから、これまで隠蔽されてきた資金洗浄マネーロンダリングの事実を公にするに至った。国内の金融諜報機関FIUは、そこから本格的に始まった」

 僕は思い出す。中学生の時、図書館で項垂れる未冷先生と出会った時のことを。だが、次に僕は訊ねていた。

主人公「その愛する先生は」

ナカモト「その報復のための犯罪者集団の攻撃に巻き込まれ、殺された。資金洗浄マネーロンダリングの事実にはじめて気づいた、彼女がね。彼女こそが、先代の脚本家スクリプターだった」

 僕は思い出す。未冷先生の言葉を。

未冷先生『せんせいが言ってた。民主主義は状態じゃない。行動って。それをあなたは、体現する気なの?』

 僕は息をのむ。ナカモトはどこか懐かしげに話す。

ナカモト「彼女は先生らしくて、よく、人を教えることを、民主主義のこととして話していた。市場の自由だけを神聖化する野放図な理論を嫌っていた。より市民に仕える金融機関、国の次に頼れる、機構システムになっていくべきだと本気で言ってた。実際、そういって変革者として本当に活躍していた。そうして、ただの利益以上に、社会に機会をもたらしはじめていた。彼女は金融屋である前に、教育者だった。

 世界金融危機があってなお、誰かが自分の住まいのために家を買えるようにしたりとか、大災害があったときの資金プールになったり、学校をまわって学生や先生に金融じゃなくて社会の授業を教えたりとかね。君の先生、未冷とも、そんなときに会ったらしい」

 僕は訊ねる。

主人公「もしかしてあなたも、銀行の人間だったんですか」

 彼は頷く。

ナカモト「僕がサトシ・ナカモトを名乗る前は。そして、かつての君のご両親の職場でもあり、君のご両親が、私にとっての先生だった」

 僕は呆然としていた。彼は僕に向き、

ナカモト「君はご両親から僕たちのことを聞いたこと、ないのかな」

主人公「ええ、仲が悪くて。先生とは思えませんでした」

 やれやれ、彼はそう言って笑い、

ナカモト「確かに、僕も嫌いだったな。だって、盲目的なタイプだったからね。あまり好きじゃなかった。君もそうだったんだろ?」

 僕は頷く。

主人公「ええ、毎回、学校の成績の悪さで長時間説教されたものですから。当人たちは何もない休日はひどくだらしなかったですし」

 彼は笑う。

ナカモト「そうだろうさ。けれどふたりの先生は、僕や彼女に銀行におけるすべてを叩き込んでくれた。その無駄さも含めてね。だから僕の怠惰さと、彼らの真面目さと、彼女の先生としての希望や願いが噛み合ってシステムが構成された時、事業統合され、なかなかうまくいくようになった。それがいま巷で進行しているマイクロファイナンスの原型だ」

主人公「なるほど、大人になってたら、僕も両親と噛み合うようになったんですかね」

ナカモト「さて、どうだか。大人の僕たちでも、噛み合わない部分がまたできたからね。それが、彼女が別部門でのマネーロンダリングに気づいたときだ」

 僕はナカモトに訊ねる。

主人公「彼らなら、すぐに対応すると思いますが」

ナカモト「実際は逆さ。大量のマフィアの口座の情報を金融諜報機関に報告するなと指示を受けた」

 僕が呆然としていると、彼は言った。

ナカモト「先生だった彼女は反対した。ただちに真実を公表しなければ、全ての顧客を失いかねない。銀行として、変わらなければ。そこにしか希望はないと。だが君の母はこう言ってのけた。もはや我々の希望ある顧客は、ほんの一部だ。金もなく、利益の出ない客のために、なぜ我々が変わらなければならない?と」

 彼は続ける。

ナカモト「彼女は先生として、その状況を変えようと、マフィアたちを排除可能とする脚本へと書き直しはじめた。だがその全ては無意味な行為と否定され続けた。そのとき私は金融庁から接触を受けた。銀行が頑なに捜査に協力せず犯罪が加速している可能性が高いため、資金洗浄マネーロンダリングを調査するAPIを緊急的に、秘密裏に設置することで、銀行の腐敗を完全に調査し、結果的に排除してほしいと。私は合意し、金融諜報機関FIU本格化を理由にシステムを組み上げる計画プロジェクトを実行し、そして国際権力にデータを提供した。結果として、マネーロンダリングの事実が認定され、司法の手が本格的にマフィアにも、その調査への返答をしない銀行にも副次的な証拠を利用して入った。

 その日に、僕は退職届を昼に出しに行き、彼女を連れて帰ろうとした。これで全てが終わったと思っていた。だがマフィアの残党がその報復として朝に銀行へ襲撃してきた。そうして僕は、愛する先生を失った。国際権力、連合国軍最高司令官総司令部GHQによってコントロールできていなかった事象だった」

 そういうナカモトの缶コーヒーを抱える手は、震えていた。

ナカモト「だが、話は終わらなかった。銀行の内部告発の記事が出ていた。それは、マネーロンダリングの事実だけでなく、マフィアが一体だれに雇われていたのか、ということだった」

主人公「誰だったんです」

ナカモト「ある複数の政党と、それを支える企業や団体。本来、先生と呼ばれる人々。君が見つけた、犯罪者たちさ」

 僕が俯くなかで、彼は続けた。

ナカモト「先生になりきれず、活動家くずれのイデオロギー組織と化し、国民からの信頼を失った彼らは、組織票によるわずかな議席を維持するため、民主主義に反するあらゆる政治活動工作を他国のスパイからの要求に応じて実行していた。連合国軍最高司令官総司令部GHQ指揮下の公安の真の狙いは、その先生になりきれない集団の隔離だった。だから便宜を図る銀行ではなく、僕本人に、声がかかったんだ」

 僕は遠くを見つめながら言った。

主人っこう「彼らの政治的な影響力は大幅に削減されたものの、結局彼らは捕まらなかった。あいまいな証拠が多すぎると。世間ではオルタナ右翼を取り込んだトランプのような虚像でしかなかったのではないか、などと言われていますが。結局は我々連合国軍最高司令官総司令部GHQによる悪人の集積所でしかなかったわけですか」

 ナカモトは頷き、

ナカモト「その記事の翌日、君の両親は交通事故で死んだ」

 僕は訊ねる。

主人公「なぜです」

 ナカモトは答える。

ナカモト「先生たちは自分なりに仮面を被り、銀行内部の腐敗を訴えたからだ」

 僕が呆然としているなか、ナカモトは続ける。

ナカモト「なのに僕は気づけず、彼女のようにいまの世界の中で改善する努力を怠り、ただ傷口を大きくした。未冷の両親は、そして逃げ切った議員や企業、先生になりきれない未熟な奴らは、公安への情報提供者を、うまく隠れた僕ではなく、君の両親によるものだと断定した。僕は大事な先生を……君の両親も、殺したようなものだ」

 僕は俯く。そして、ナカモトは続けた。

ナカモト「未冷は、僕の彼女ととても仲がよかった。だからその希望を、暗号通貨を用いて受け継ぎ、世界を連合国軍最高司令官総司令部GHQのない安寧の地に導く先生に、至ってしまったのかもしれない」

 その言葉で、僕は思い出した。未冷先生が中学生だった時の言葉だ。

未冷先生『じゃあ取引を見逃してお姉ちゃんが死んでも、仕方がなかったの?』

 ナカモトは、おもむろに言った。

ナカモト「だが、彼女たちが、僕たちが、先生としてこの世界に関わり始めた時から、世界は本当に変わったのかな?彼女たちの信じる民主主義のようなものは、この世界に浸透したのかな?」

 僕は首を振った。

主人公「だから僕が、世界の冷たさに絶望し、社会の外側へ人を導こうとする未冷先生を、殺しに行きます。連合国軍最高司令官総司令部GHQや未熟なまま腐っていく民主主義を、続けるために」

 彼は寂しげに笑う。

ナカモト「君のためだ。教えてあげよう。希望も変化も所詮は贅沢品にすぎない。外から珍しいものを持ち込んだところで、世界の冷たさにすぐやられてしまう。それが、豊かなように見えて何もない、この世界なんだ」

 僕はその言葉の重みに耐えながら、訊ねた。

主人公「あなたは、先生のいない世界の未来に、何を望むんです」

ナカモト「冷たい、だれもが飢えた、だが静かな世界さ。そこには先生のいう競争も発展も民主主義も必要ない。もうすでに我々は、第二次世界大戦後の人々のほとんどすべての夢である、暴力を抑え込む力を手にした。我々が先生の成れ果てや、少々問題のある悪い子を消すだけでいいなら、それで十分じゃないか」

 僕は何も言うことができないまま、休憩室の外に広がる摩天楼たちを見つめる。ナカモトもそれら巨大な建築物たちを見つめながら、言った。

ナカモト「まるで、希望を供養する卒塔婆の群れだな……」

 絶望に暮れながら、僕はそれらをみつめる。

 人の遺産で作られた建築物達。その中に、僕は人々の死を思い出す。自分の両親。学校のテロリスト。暴力団。未冷先生の両親。そして、未冷先生が姉のように慕ったという、お姉ちゃん、先生。

 この星を救うことはできないのだろう。

 彼女の教え子でしかない、僕には。

 ふと僕は思い出した。未冷先生の言葉だ。

未冷先生『私が、脚本家スクリプター


 僕はゆっくり立ち上がり、そしてナカモトに告げた。

主人公「僕たちが、先生をやり直せばいいんですよ」

 ナカモトは何かに気づいたかのように、一緒に立ち上がる。そして二人でコーヒー缶を捨てながら、黒沢さんのいるオフィスにもう一度戻った。

 黒沢さんが僕らに気づいて訊ねた。

黒沢「どうしたんだい、ふたりとも」

 僕は答えた。

主人公「先生。この星に、幻想を流し込みます」


 僕の住むスイートルームに帰還した。そして僕は衛理と真依先輩に伝えた。

主人公「今から、未冷先生を幻想の迷宮に導き、そして捕まえる」

 衛理は激昂した。

衛理「ふざけるな!」

 真依先輩が彼女を静止する。

真依先輩「落ち着きなよ衛理。こいつのせいじゃない」

 衛理は首を振った。そして僕の襟首を両手で握り、僕を見上げた。

衛理「なんで連合国軍最高司令官総司令部GHQは、私たちはお咎めなしで未冷だけを捕まえなきゃいけないの!」

 真依は僕へと答えを求めるように、戸惑いながら向いた。途方に暮れた真依先輩と、怒りを燃やす衛理を前に、僕は言った。

主人公「我々は、富に仕える。従う神はいない」

 衛理によって襟首を掴まれていた力は緩む。

衛理「あんた、何する気なの……」

 真依先輩も僕を呆然と見つめる。僕は微笑む。

主人公「僕の通貨の世界をみんなが悪用し続けるのなら……僕自身の手で、粛清する」

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