10 vain
buyer:
新橋のイタリア料理屋の個室には、とても見知った顔がすでに揃っていた。そのなかでもっともかっちりスーツを着こなした男が椅子をひいて、
財前「久しぶりじゃないか、栗原」
栗原「元気にしてるかなって、財前さん」
財前と呼ばれたスーツマンは笑う。
財前「人並みにな」
俺はマスクを外しながら笑う。
栗原「やっとですか」
その時、一人のパンツスーツの女性は言った。
杉原「みんなあなたほど追い込まれてない」
栗原「そりゃよかった、杉原」
壮年の女性官僚が訊ねてくる。
山崎「それで?なんで急に元職場の連中揃ってで飲み会なんて。しかも復職も」
栗原「山崎さん、まあ与太話だと思ってこれをみてください」
俺は高校生から与えられた大量のトレードの記録を、スライドに書き直していた。タブレットに写されたその図のタイトルを山崎さんは読み上げる。
山崎「陽子の取引先グループにおける金融商品購入額の推移か。伸びている」
栗原「二〇〇八年の金融危機以降、大規模な銀行は高い自己資本比率という厳しい制限をかける準備を要求されてきた。だがこの財テク連中は対象外だ。だから世界金融危機を起こした当時の銀行連中並みに、こいつらには自己資本がない。借金をしすぎている。つまり一瞬でも上昇が止まれば、こいつらは借りたものを返せなくなって終わりだ。それなのに全員が金を突っ込んで
スーツマンの財前は顔を上げる。
財前「つまり陽子を中心とする高度に政治的な集団によって、金融犯罪が実行されていると?」
栗原「だからその裏をとってほしいんすよ。あくまでこれは値上がり、そして借金が多すぎる連中が多い、それだけの話ですから」
山崎さんは腕を組んだ。
山崎「それで復職か。面白いクライアントとつるんでるんだな」
栗原「みなさんの上司ほどじゃないですよ」
山崎さんも笑う。
山崎「それもそうか」
その時、全員分のビールが揃う。そこで財前が言った。
財前「調べた結果はまた送る」
栗原「たのみます」
そのとき杉原はぼやく。
杉原「もっと居酒屋っぽいところでよかったじゃん?」
財前「最近、俺より羽振りのいい若造を見てね」
杉原「そういうところ、ちょっと古くさいよ?」
俺は微笑む。そしてグラスを掲げる。
栗原「それじゃ、俺たちのかつての無駄な努力に」
全員が合わせた。
「乾杯」
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