7 party

protagonist:


 ホテルのスイートで全身鏡の前で自分の服装を確認しているとき、僕は未冷先生に言った。

主人公「先生。服を買ってもらっておいてなんだけどさ、ほんとにこんなんでパーティー行っていいのかなあ」

 僕の服装は、テニスウェア同然のポロシャツにスラックス、そして申し訳程度の革靴にスーツ用ジャケットという有様だ。

未冷先生「なら制服で行く?教え子くん?」

 彼女はそういいながら僕の両肩に手を起き、鏡に映る僕を見つめる。僕は首を振った。

主人公「悪目立ちは避けたいよ。けれどこれだとなんだかスポーツウェアっぽいというか、ちょっとカジュアルすぎるというか……」

未冷先生「だってサイズもあってるし、似合ってるし」

主人公「ユニクロでも?」

 彼女は笑う。そして僕のジャケットを整えながらいう。

未冷先生「いい?本物のおしゃれはね、ただ高い服を着たら生まれるわけじゃない。その人の背景から生まれ、滲み出るものなの」

主人公「資産家のお嬢様は気高いなあ。けどそんな背景、しょぼいリーマンの子どもでしかない僕にはまったく……」

未冷先生「あるある。誰も解こうとしない全てと戦うその姿が、実用性と汎用性に突き抜けたこの服装を完璧にするの」

 僕はため息をつく。

主人公「僕はジョブズでもないんだけどな」

 だったら、と彼女は化粧室へかけこみ、何かをもってくる。何かの半透明な筒だった。その蓋をとると、スプレーのようだった。彼女は鏡の前に立つ僕に言った。

未冷先生「動かないでね」

 僕は直立不動になる。そうして彼女は、僕の首筋にスプレーをゆるく吹き付ける。

主人公「つめたっ……」

 彼女は笑う。

未冷先生「ごめんごめん」

 そして、スプレーに蓋を閉め、僕にゆっくりと抱きつく。鏡越しに、未冷先生の不安げな、けれど恍惚とした表情がみえた。

未冷先生「これで先生と、同じにおいだよ……」

 僕は彼女から感じていたあの石鹸の甘い香りと彼女の温かさに、息を呑む。


 僕は呆然としたまま、車に載せられている。ほとんどテーマパークのような世界で、衛理の操るレクサスISが駆け抜けていく。

 やがて目的地のホテルへと到着した。

 マスクをつけた衛理は運転席から後部座席の僕へ振り返って微笑んで言った。

衛理「おぼっちゃま……おぼっちゃま」

 僕は姿勢を正す。衛理は言った。

衛理「こちらでございます。二階のラウンジでお待ちくださいまし……」

主人公「あ、ありがとう……」

 僕と真依先輩は車から降りて、レクサスが遠ざかっていくのをみたあと、改めて周囲を見渡す。そしてぼんやり言った。

主人公「夢と現実の境目が、どんどんわからなくなっていく……」

 体のシルエットをすっぽり覆うようなサックドレスにボレロを羽織る真依先輩はマスク越しにため息をつく。

真依先輩「なにがあったの……」

主人公「い、言えない」

 呆れかえる真依は目を細め、向かう先を手で指す。

真依先輩「エスコートしてあげる、ユニクロくん」

主人公「ご親切に……」

 僕らはホテルのエントランスに入り、二階のラウンジのソファへと腰がける。すでに僕らに似た装いの人たちが何人もそうして談笑している。

主人公「浮かれてる人たちみて落ち着いてきた」

 真依先輩は頷いた。

真依先輩「あぶないあぶない」

主人公「それにしても、大企業のパーティってこんなにお金かけられるんだなあ」

真依先輩「ご両親に連れてこられたりしなかったの、こういうところ」

主人公「適度に仲が悪くてね」

 真依先輩は答える。

真依先輩「確かに、こんな不思議くんを同僚や上司に見せたくなかったかもね」

主人公「そんなに僕って変かなあ……」

 そこに、白いスキニードレスに黒ジャケットを羽織る衛理が現れる。

衛理「じゃあ、あたしたち帰るけどいい?」

 僕は肩をすくめる。

主人公「ごめんて」


 広々としたパーティ会場のなかに入り込む。オレンジジュースをとりあえず手に取る。そして、会話を終えたケージドレスの女性へと歩み寄る。マスクをずらしてワインを飲んでいた彼女は、僕たちを見て気づいて、

黒沢「ああ、君たちか。三人とも高校生にしては大人びているね」

 マスクを元に戻す彼女に、衛理が告げる。

衛理「年相応に大企業に入りたいですよ。黒沢さん」

 彼女は微笑む。

黒沢「で、依頼者は誰になるかな」

主人公「僕が。お久しぶりです、ストーカーさん」

 黒沢さんは笑う。

黒沢「そのユーモアのセンスは相変わらずのようだね。私の暗号名コードネームは、保育者インキュベーターだが」

主人公「なるほど。それで社長面接にまで持ち込みたいのですが」

 オレンジジュースに口をつけていた真依先輩が訊ねる。

真依先輩「彼女の概要を」

黒沢「君たちはネット上のハッカー集団のことを知っているかな」

 真依先輩が答える。

真依先輩「ある政府に雇われていると噂され、全世界に攻撃を仕掛けていた。身代金要求型ランサムウェアの攻撃源とされていますが、いくつかの組織は崩壊したと聞いています」

黒沢「確かにダークサイドは崩壊した。でも、ホワイトサイドは残っている」

 真依先輩が答える。

真依先輩「陽子ですね」

 黒沢は頷き、

黒沢「偽っているが彼女は君たちと同い年になる。彼女はランサムウェアを解析し、模造した技術を手に、組織を守るセキュリティシステムという幻想を官民のどちらにも構築。やがてIT業界の頂点へ上り詰めた。秘密なんか、核兵器技術すら秘匿できない世界だというのにね」

 僕が事前の情報をもとに訊ねる。

主人公「連邦捜査局FBI秘密情報部SIS、この国だと公安を利用して?」

黒沢「そうだ。彼ら公安はフロント企業である投資信託屋ファンドでいくつもの腐敗した企業を、犯罪者たちから奪い返した資金を使って買い叩き、組織再編を行い、不正者を解雇し、再生させてきた。その任務を遂行する者たちに代々継承されてきた暗号名コードネームは、買収者バイヤー。いまは投資信託屋ファンドの栗原が襲名している。陽子は栗原によって更生させられるはずだったが……結果的に育て上げることになった。今は公安とも敵対している」

 僕はさらに訊ねた。

主人公「その栗原という人は」

黒沢「今は公安をやめて、小さな投資信託屋ファンドの経営者だ」

 衛理は話を進行する。

衛理「それで陽子って社長と面接するには?」

黒沢「元公安の栗原からの情報を利用してかな」

 衛理は笑顔をつくることなく鼻で笑い、

衛理「まず高校生の私たちは、経営者も怯える投資信託支配人ファンドマネージャー相手に採用面接を受けると」

 黒沢は微笑む。

黒沢「まさか。君たちが客になればいいのさ」

 そう言うと彼女はグラスのワインを飲み干し、テーブルへと置きながらついてきて、と告げる。僕は急いでマスクをはずしてジュースを飲みきり置いて、衛理と真依先輩はそのまま残っているものを置いていく。そうして僕たちはクロークチェックへ向かう。そして黒沢は荷物を受け取り、そのバックの中からパソコンを取り出して僕へと差し出してくる。僕は受け取り、開くとディレクトリの中にはファイルがふたつあった。僕はその拡張子を見つめて訊ねる。

主人公「ThinkPadの中に画像と秘密鍵?」

黒沢「NFTだ。栗原の監督下にかかわらず、陽子がファンドとしての出資のための資金洗浄、などという名目で犯罪組織に高値で囮として購入させ、結果として犯罪組織は壊滅した」

 衛理は訊ねる。

衛理「公安時代に?」

 うなずく黒沢をみて、真依先輩は俯く。

真依先輩「なんで陽子は公安に目をつけられているのにそんなことを……」

 すると黒沢の声がかかり、

黒沢「それと素敵な服装の君」

主人公「僕ですか」

黒沢「仮にも行員を名乗るのなら、ユニクロはいかんな」

 僕は衛理や真依先輩へと振り返りながら、

主人公「みんなこれでいいと」

 彼女たちは顔をそらす。黒沢はにやにやとふたりへ視線を向け、

黒沢「まったく、この子に甘いねほんとに」

 真依先輩は不満げに腕を組み、皮肉げに言った。

真依先輩「ヒヨッコをおめかししても、七五三にしかならないですよ」

 僕はぼやく。

主人公「手厳しいなぁ」

 黒沢はスーツのポケットの中から何かを取り出し、僕へと手渡してくる。

黒沢「これで世界を救って、私の厚意に答えたまえ」

 差し出されたのは、お年玉袋だった。より正確には、お年玉袋を上に乗せただけの札束だった。

主人公「おお、親たちからもらったおこづかいをゆうに超えたよ」

 僕は感動しながら紙幣をばらばらとめくり、記番号がすべて異なってるのを確認していきながら言った。

主人公「本当にストーカーが趣味の暇人じゃなかったんですね」

黒沢「最近の子たちはほんとうにおませさんが多いからね」

 真依先輩はフリーズしている。

 そのなかで衛理は困惑した表情でつぶやく。

衛理「いや、そりゃクレカとかより追跡しづらいけど……」

 真依先輩が震えながら、どうにか絞り出した言葉で黒沢へ噛み付く。

真依先輩「我々はあなたほど甘くないのですが」

 それらの言葉を称賛のように黒沢は満足そうに笑う。

黒沢「教育と言ってほしいな」

 やがて僕はありがたくジャケットの内ポケットへしまう。従順な僕をにやにやとみつめながら黒沢はさらに訊ねてくる。

黒沢「仕立て屋はわかるかな?」

 僕はすました顔で、

主人公「お気遣いなく。スーツは大人だけのものじゃない」

 黒沢は笑い、

黒沢「もちろん。我々が君たちに着せてるんだから」

 僕はThinkPadも手に、別れの挨拶として告げ、歩き始める。

主人公「では買収者バイヤーとの調整お願いします」

 二人は黒沢へ何度も振り返りながら、つまり戸惑いや怒りの表情を向けながら、僕とともにその場を去っていった。

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