4 power

protagonist:


 僕は朝のホテルの自室で、カルディーのエコバックに突っ込まれたいくつかのものを取り出していく。コーヒー豆に、コーヒーフィルター。そして事前に準備しておいたコーヒーミルに、コーヒードリッパー、計量スプーン、そしてここに備え付けの電気ケトルを出して、セットアップをこなしていく。

 つまり具体的には、電気ケトルに水を流し込んでセットし、コーヒーミルに二人分のコーヒー豆を流し込み、そして、ハンドルをごりごりと回していく。僕はひとりごちていた。

主人公「ずいぶん久しぶりな気がする……」

 そしてできあがったコーヒー豆を、コーヒーフィルターのセットされたコーヒードリッパーに入れ、電気ケトルから熱湯をゆっくり注いでいく。

 いい香りが周囲を満たして来たとき、ベッドからもぞもぞと誰かが出てくる。髪の毛をぼさぼさにした未冷先生だった。ぼんやりしている彼女に、僕は言った。

主人公「ごめん、起こしちゃったかな、先生」

 彼女は首を振る。

未冷先生「いい匂いだなって思って……くれる?」

 僕は頷いた。

主人公「ベッドにひきこもったとしてもね」

 彼女は笑い、

未冷先生「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 そして彼女はゆっくりとベッドの中に戻っていった。


 数十分後、未冷先生が顔を洗い髪をとかして席についたとき、僕は保温したコーヒーをマグカップに注ぎ、差し出す。僕は訊ねる。

主人公「砂糖と牛乳は?」

未冷先生「おねがい」

未冷先生「なんだか、君の家に入り浸ってたときを思い出すな〜」

 そういう先生に、僕は言った。

主人公「先週だって僕の家にいたじゃないか」

 牛乳と砂糖を小さな容器にそれぞれ用意し、ティースプーンとともに持ってくる。彼女は受け取り、微笑む。

未冷先生「あなたの暗号名コードネームは、執事さんが良さそう」

 僕は肩をすくめる。

主人公「他のことはほとんどできないよ、先生」

 彼女はミルクを入れながら、

未冷先生「いいの。一年生なんだもん。まずは友達百人できるかなって思っていれば」

主人公「そりゃ、なかなか大変そうだ……」

 未冷先生が砂糖を少しだけ入れ、スプーンで混ぜていく。

未冷先生「コンピュータとおはなしする時間を、みんなに割り当てる。簡単でしょ?」

 視線をやったさきには、未冷先生に買い与えられたMacBook Airがある。

 そして彼女はコーヒーをゆっくりと飲む。そして微笑む。

未冷先生「こんなにおいしいコーヒーを準備できる君になら」

 僕は笑みをつくる。

主人公「任務の内容によると思うよ、先生」

 彼女は答える。

未冷先生「君が学校で送金をさせてきた犯罪者達を操っていた暴力団も、暗号通貨が資金源になっていた。それをこれから終わらせて、暗号通貨を奪い取ってもらう。そして暴力団から、暗号通貨の出どころの裏をとる」

主人公「どうやって終わらせるの」

未冷先生「内部抗争」

主人公「教え子にやらせるには陰湿すぎるよ……」

未冷先生「大丈夫。汚れ仕事は先生が済ませた」

 そう言ってコーヒーを飲む彼女に、僕は冗談混じりに言った。

主人公「お嬢様には、コウモリのスーツも似合いそうですね」

 彼女は笑う。

未冷先生「そういうあなたはやっぱり、お小言大好きな執事さん?」

 僕は首を振った。

主人公「まずは説得に応じてもらえるくらい、力をつけることにしますよ」


 正午。バス停近くのホテルのベンチとも階段ともつかない場所にひとりで座っている。

主人公「もうそろそろ、衛理も真依先輩もくるかな」

 すると真っ黒なセダンがバスの停留所とはわずかに異なるところに車をつけてくる。ここを歩いていてもそうみかけないスポーツ系の車を見つめながら僕はつぶやく。

主人公「あれ、結構高そうだよな。クラウン、じゃなくて、レクサスだったっけ」

 その車の運転席の窓が開く。運転していたのは衛理だった。

 僕は驚きながらも立ち上がり、走っていく。

 後部座席に乗り込む。

主人公「ね、ねえ……免許ってどうしたの……」

衛理「取ったよ、偽名だけど」

主人公「ですよね」

 助手席に座る真依先輩も続く。

真依先輩「後輩くんはどうなの?コンピューターの医者なはずだけど」

主人公「まともな医者は不足しているんだ、モグリですらね」

 衛理は鼻で笑う。

衛理「あたしたちスパイといっしょじゃん」

 車はゆっくりと浦安を走り出した。


 新宿の混沌とした街並みを、僕たちをのせるレクサスISは流れに合わせてゆっくりと走っている。僕はふと訊ねる。

主人公「ここなの……」

 真依先輩が答えてくる。

真依先輩「ナードの後輩くんでも聞いたことはない?歌舞伎町の治安のこととか」

主人公「夜に歩いたぶんにはそんな怖い人とかはいなかったよ」

 運転する衛理はため息をつき、

衛理「どうせここに映画館くらいしか行ったことないでしょ。あんたのせいで治安が一気に回復したけど」

主人公「ぼ、僕がやったの?」

 衛理はため息をつく。

衛理「ハッカーってみんなこうなの……」

 真依先輩は答える。

真依先輩「後輩くんがまだ疎いだけだと思う」

 衛理は肩をすくめ、

衛理「で、どっちかというと危険なのは」

 気がつけば、朝にはあまり人通りの路地裏に車はたどり着いている。

衛理「こことか」

 周囲を見渡す。

主人公「本当に?」

衛理「ほら、あそこ……」

 マスクをつけていく衛理が指差す数ブロックの先には、いくつもの車が止まっていて、同時に多くのスーツを着た男やスウェット姿の男が何かを警戒して周囲を見渡している。手に持っているのは、警棒や竹刀だ。僕は息を潜めてしまう。

主人公「こんなところに、どうして」

 マスクをつけた真依先輩は答える。

真依先輩「世界はいつまでも、犯罪者に優しくない」

主人公「それは、どういう……」

真依先輩「例えば彼らの乗ってるアルフォード、あれらは本来、彼らには買えない」

 僕は驚いて遠くにいるそれらの車をみつめる。

主人公「なんで」

真依先輩「暴力団対策法。それが彼らの名前を傷つけたから」

 その時、遠くから別の黒い車たちが突如現れ、スーツの男達に向かって銃を撃ち始める。ただ、くぐもった音だった。全員で屈んで待つこととなった。

 サイレンサーで絞られた銃声と、人間の怒号はしばらく続いた。そして警察は一度として現れなかった。


 衛理と真依先輩に連れられてたどり着いたその場所は、血で溢れて、誰も生存者はいない。

衛理「ほら、怖いかもだけど……いくよ」

 そう言うスポーツウェアに小銃のP90を構えた衛理に、僕はついていく。

 その小さな事務所の中に入って、僕は偉い人の席にあったノートパソコンをみつける。

主人公「またまたお宝発見」

 それを僕はバックの中に詰め込んでいく。バックの中にはすでに、他のパソコンやHDDなどが入っている。金庫を確認していた真依先輩は言った。

真依先輩「予定通り中はからっぽ、ここのなかにあったはずのPCと金と麻薬は盗まれている」

 衛理は鼻で笑う。

衛理「本当の金脈は、この何も知らないナード君が総取り。時代かもね」

 すべての棚の確認が終わって、その横に倒れているスーツの人をみたとき、僕は素朴に思った。

主人公「なんでみんな、この格好で、こんなうさぎ小屋に」

 真依先輩が答える。

真依先輩「彼らはいつの時代も、この世界の頂点にいない。半グレ連中を使う彼らもまた、悪意を脚本家スクリプターに利用され、監視されている」

 おもむろに、僕は訊ねた。

主人公「それは僕らもなのかな」

真依先輩「実際そうだと思う」

 その寂しそうな響きに、僕は真依先輩へと振り返る。彼女は俯いている。

真依先輩「でも彼らと違って、誰も気づいてはくれない。だから私たちは、スパイたりうる」

主人公「僕らは未成年で、住所も名前も嘘で、ホテル住まいだからか……」

 衛理はため息をついた。僕が衛理を見つめると、彼女は死体の川を見つめながら、言った。

衛理「私たちが狩るのは、王様気取りの大根役者。椅子を温めているだけの無責任なだるま。人から奪って、肥えていくだけの置き物。そんな偶像が世に害悪をもたらすのなら、消すしかない」

 僕は言った。

主人公「教え子の僕らも、いずれ消される運命かもね」

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