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protagonist:


 渋谷駅から連なる壮大な回廊を渡り、オフィスビルの自動ドアの中へと入り込む。そこではセキュリティカードをかざしてたくさんの人たちが出入りしている。

 僕たちのもとへ、Tシャツとスキニーパンツとスニーカーというスポーティな出で立ちにジャケットを着てオフィスウェアにした女性がやってくる。マスクをつけた彼女はこう言っていた。

真依先輩「ポロシャツにジャケット。エンジニアなら、どこでも入れる。だいたいは」

 カードキーを二人分手に持つ、学校で見覚えのあるメガネをかけた彼女へ僕は答える。

主人公「あいまいな基準だね。真依先輩」

真依先輩「清潔クリーンなら、それで十分ってこと」

 そしてカードキーを手渡される。


 たどりついたそこには、異常な量の日本円札、ドル札が無人の中で無造作に置かれていた。僕はつぶやく。

主人公「すごいな」

 真依先輩は答える。

真依先輩「暗号通貨は、ほぼ足がつかない。いまは現金化もしやすい」

 彼女はドル札を束ねてヘアゴムで丸めた札束を取り、投げてよこしてくる。

真依先輩「だから私たちがいる」

 僕はどうにか受け取る。手にしたドル札の束を眺めながら、未冷先生から言われた言葉を思い出す。

主人公「なるほど、白昼夢か」

 真依はコーヒーを差し出してくる。

真依先輩「私の暗号名コードネームは、観測者オブザーバー。私たちは表向き銀行のインターン。実態は高校生のスパイ」

 僕はもてあましていたドル札を置いて、ありがとうと告げながらコーヒーを受け取る。心が高揚し、同時に安らぐ、平穏を示すような香り。

主人公「なぜインターンがスパイを?」

真依先輩「雇用されたら足がつく」

 僕は首を傾げ、無造作に並んだ札束を見て訊ねる。

主人公「でも君たちへの支払いは?」

真依先輩「暗号通貨」

 僕はためいきをつく。手に抱えたコーヒー、その色を見つめながらつぶやいた。

主人公「真っ黒だね」

 そして僕はコーヒーをすすって、訊ねた。

主人公「それで、君たちの追ってる脚本スクリプトって?」

 真依先輩もまた、コーヒーを飲み、

真依先輩「私は、いまの社会を破滅させるものだと思ってる」

 巨大な無人オフィスのPCデスクで、先輩はディスプレイをみせる。

真依先輩「この取引内容をみて」

 僕は呆然とつぶやく。

主人公「これは……僕が学校で送金したやつか」

真依先輩「そう。だから、私たちのところにある」

 衛理がデスクに座ってあくびをしているのを横目に、真依は見覚えのあるPCを渡してくる。

真依先輩「使われたPCはこれ」

主人公「ありがとう、先輩」

 僕は首を傾げる。

主人公「で、なぜ奴らがこの暗号通貨を?」

真依先輩「金融庁からの情報だと、同時多発テロ」

 僕は沈黙ののちに訊ねる。

主人公「その目的は?」

 真依は厳しい表情で、こう言った。

真依先輩「おそらく、テロに乗じた作戦」


 日が傾くまでデータの確認を続けていると、衛理は机に伏せって眠っていた。僕は彼女に聞こえない程度につぶやく。

主人公「ここでもよく寝るんだなぁ」

 そこに真依が敵のPCだったもののファイルシステムを文字ばっかりで普通の人は使いこなせないターミナルエミュレーターを駆使して捜索しながら言った。

真依先輩「動くものには反応する。猫と同じ」

主人公「ねこ……」

 だからお日様の匂いが好きなのかな。何度も衛理を見ている時、真依は訊ねてくる。

真依先輩「それでこの取引、どう思う?」

 僕は傾く日に照らされる摩天楼たちを見つめながら、答えた。

主人公「ここ最近出土してきたとしか思えない」

 そこで真依は言った。

真依先輩「あるいは、価格を偽造されているとしたら?」

 僕は呆然とした。だがどうにか答える。

主人公「まさか、相場操縦が、脚本スクリプトっていうのか?」

真依先輩「そうでないと、濫造コインは暴騰しない」

 僕はモニタをぼんやり眺めながら、彼女に訊ねる。

主人公「連中のPC、そのブラウザのブックマークに、取引所はあるかな」

真依先輩「いま探す。でもどうして?」

 僕は立ち上がりながら答える。

主人公「奴ら程度なら、同じ取引所からトレードして現金化してそうだ。そこから、犯罪を追いかける」

真依先輩「確かに。あ、あった。本当に取引の履歴が残ってる。こんなにザルなんて……」

 驚いている真依に、僕は訊ねていた。

主人公「それでこんな事件が、この国で多発してるの?」

 真依はキャビネットから大きなファイルを出し、見せてくれる。

真依先輩「これを。過去の事件」

 僕はどうにか抱え、開き、つぶやく。

主人公「先輩が作ったの?すごいな」

真依先輩「え、ええ」

 僕は皮肉にもよく見覚えのある暗号通貨を見つめながら、訊ねた。

主人公「先輩、これらは何だと思う?」

 深い逡巡のうち、真依はこう言った。

真依先輩「この世界が嫌いな人たちが、生み出したシステム」

 僕は深く押し黙った。

 ああ。そうかもしれない。

 思い出すのは、iMacの画面と、そこに乱雑に積み上げられた本たち。そこで、白昼夢は星を飲み込んだ。


 僕は窓の外を見つめる。その先では、月が見える。

 これから会う人は言った。

 高層建造物達を、希望の卒塔婆の群れと。

 虚構の富の呪いは、どこかで供養するしかない。

 だが、僕は正しかったのだろうか?


 この白昼夢を止める旅の果て。

 お金と共にある、搾取なき世界。

 すべてが繋がれた牢獄のようなその星に、幸せの居場所は、残っているのだろうか?

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