第2話 世継ぎの王子
品の良い客室の間に通され、温かな茶を飲み一息を付いて、ようやくの
やがて夕食が準備され、食事をとってひたすら魔女の息子が現れるのを待った。
しかし刻々と時は過ぎ、ロウソクが短くなると使用人の男がロウソクを変えて無言で出て行く。
真夜中となり、疲れていたのだろうラルフは、ウトウトとソファで船をこいでいる。
部屋は暖炉があるわけでも無いのに穏やかに暖かく、サリュートも
先ほどまで、まだかと苛ついていた気持ちも、疲れて眠るラルフの姿にすっかり息をつき落ち着いた。
指輪は大変古いものでキズも多く、細かく彫られた王家の紋章も所々すでに彫刻が薄くなっている。
曾祖父はいつもこの指輪を大切に指に着け、そして過去の事を懐かしそうに語ってくれた。
思い返せば、無計画な旅だったと思う。
すでに齢130を過ぎ、皇位を譲った祖父もすでに亡い。
この時代130だ、普通ならすでに死んでいるだろう。
このまま木にでもなるのではないかと噂までされるほど、いまだ枯れ木のように生きていらっしゃる。
長寿をとうに通り越しながら、ひたすらうわごとのように「会いたい」とつぶやく言葉。
しかし、それが魔女の息子とは。
父や母は恥だという。
でもずっと子供の頃より、歯の抜けた口で聞かされたあの話し。
曾祖父がため息をつきながら、休み休みゆっくりと語るその話は、サリュートの胸に言いようのない不思議な気持ちと、年老いた曾祖父の胸に秘められた想いに、年など人の心には関係ないのだと衝撃を与えられた。
それは、曾祖父がまだ世継ぎの王子だった頃。
婚礼も近いある日、側近と近くの森に狩りへ出かけた。
しかしその日は狩りも
しかも運悪く、その鹿にはまだ小さな子が近くにいた。
その夜は遅くまで子鹿の声が森に響き、曾祖父は罪悪感にさいなまれながら城の庭にある小さな湖に1人たたずんでいた。
「ああ、いっそあの子も殺してしまえば良かったのだろうか。子鹿よ泣くな、私を責めないでくれ。」
若き皇大王、王子アリオスが頭を抱え座り込む。
しかしふと、まぶしさに顔を上げてうっとりと見つめた。
月光が降り注ぐ下、湖に反射するその光は、悲しみさえ浄化するように美しかった。
「悲しき声に誘われ訪れてみれば、なんとこの小さき湖の美しきことよ。」
ささやくような声が、目の前の湖から聞こえた。
気が付けば、いつからそこにいるのか小さな黒衣の少年が、湖の上で舞い踊っている。
「誰だ?」
驚いてアリオスが立ち上がる。
信じられない面持ちで、人を呼ぶことも忘れ思わず見入っていた。
それは
少年は肩までの柔らかくウエーブのかかった髪をなびかせ、闇に溶けそうな黒装束で水面を沈むことなくスキップを踏んでいた。
ショートパンツから惜しげもなく白い肌のスラリとした足を伸ばし、小さな足がパシャンと水面を叩く。
黒いブラウスはフリルが軽やかに、夜の闇の水の中のように揺れていた。
「お前は……何者だ?悪魔の子か?」
少年はくるりと回り、片足を引いて頭を下げる。
そして顔を上げ、その白く美しい顔でキュッと笑った。
「我が名はホーリー、黒い森の魔女の息子。
悪魔に見えるか?このホーリーが。
ククッ……
闇におびえ、孤独におびえるあの小さき鹿の声。
あの鹿より一時の安らぎさえ奪った、そのお前が。」
「あ、あれは……事故だったのだ。
この私も、あれが
まして子がいたなどと……気が付く前に矢を引いてしまったのだ。」
「お前の目は飾りか?
ひな鳥の区別とは訳が違うぞ。」
「でも!一瞬でそんなことわかりはしない!」
「ならば狩りなどするな、戦いなどに手を出すな、過ちは2度と取り返せぬ命を散らす。
お前の過ちは多くの人の
お前はやがて王となる。
だがその前に、過ちの恐れを知れ。」
ホーリーの漆黒の瞳がほの青く燃える。
大きく掲げるその手の先に、あの死んだ親鹿が現れそれがアリオスに向かって突進してきた。
「はっ!うわああ!!」
逃げる間もなくその鹿は、アリオスの身体を突き抜ける。
アリオスは尻餅をついて身体の無事を急いで確かめ、ハアハアと息をついた。
「な、なにを?!」
一体何があったのかわからない。
しかしホーリーの横にすり寄る鹿がくわえていたのは、小さな指輪。
ホーリーはそれを受け取ると、月にかざして楽しそうに笑った。
「これは美しきことよ、これこそ世継ぎの指輪。お前の命にも等しい物。」
「あっ!」
アリオスが指を見ると、確かに着けていた指輪がない。
代々受け継がれた家宝とも言うべき品。
それは正統な世継ぎの印。
「返してくれ!頼む、それだけは!」
「ホホホ!欲しければ探すがいい。
この指輪は月夜に輝き、そのありかを教えるだろう。しかし、それはお前にしか見えぬ。
ホーリーの、これはささやかな助け手。
さあ、月夜の夜に、青く暗い
そう言って、指輪をポイと湖に放り込んだ。
ポチャン
「あっ!なっ!なんてことを!!!わああ!!」
思わず湖に身を乗り出し、慌てて服を脱ぎ飛び込んで探す。
輝きが、遠く水の中をゆっくりと沈んで、そして消えた。
息をするために水面に顔を出すと、湖面に寝そべるホーリーが、彼の鼻をツンとつついて笑う。
「この悪魔め!」
たまらず少年の身体を掴み、水の中に引き入れる。
しかし少年は笑い声を残し、彼の手の中で泡になって消えていった。
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