覚悟の誤算

かなぶん

第1話

美玲――みれい

君の名前だ

おじいちゃんが付けた名前だよね?

私の名前の由来は?

そう聞かれたね

ごめん

由来は――


君が生まれた時どうしてもこの名前を付けたかった

話しを聞いてくれるか

少し長くなるけど構わないかい?

古い写真だろう

おじいちゃんが二十歳の時だ

今の君と同じ年だね

そうかい

うれしいね

若いころのおじいちゃんはいい男かい



名前の由来を祖父に尋ねる娘の名前は、高山(たかやま)美(み)玲(れい)。

その名前を付けた祖父の名前は、高山(たかやま)清(きよ)志(し)。ほっそりとした輪郭にすっと通った鼻筋、少し薄目の唇と、白髪頭になった今でさえも端正な顔立ちが目を引く。大きな瞳に何を見ているのか、今まで誰にも話したことがなかった、色褪せない思い出をゆっくりと語り始めた。



一九四二年一月、清志が満州へ出征したのは二十歳になってすぐの事だった。

まだ汚れを知らない白地に赤い日の丸を背負い、戦争に向かう覚悟は【死ぬ覚悟】だと思っていた。


ため息を吐くたびに、重い息が霞(かすみ)に変わり顔を覆う。冬の冷たく乾いた空気を体にまとい、抜けるような青空をこれほどまでに疎ましく思ったのは初めてだった。空にぽっかりと浮かぶ、浮かれた白い雲とは正反対に、黒く沈んでいく心を抱え、駅舎へと続く真っすぐに伸びた田舎道を一歩一歩踏みしめた。歩けば歩くほど、まるで一つ一つ足枷(あしかせ)が増えるように重くなっていった。

「見送らないでくれ」残していく者に告げ、万歳の声が沸き上がる中一人列車に乗り込んだ。今来た道を振り返る勇気はない。ひたすらに前を向いていると不思議と恐怖も悲しみも感じなかった。耳には列車が進む音が単調に響き、目には色を失った黒と灰色の景色が、ただただ流れていった。

清志が寒さに震え周りを振り返った時には既に、新潟港から満州に向かう貨物船の中だった。一人膝を抱え、積まれた荷物の横に座り込んでいた。

 朝鮮北部へ入港すると、また列車に揺られた。列車を降りると、今度は徒歩での移動を強いられた。どれだけの時間が経ったのだろう、新兵二十人程と一緒に清志は兵舎にたどり着いた。

空に散りばめられた星たちが、真っ暗な空に銀色の光を放っていた。「きれいな色だな」清志の目に映る情景一つ一つに色が戻り始めると同時に、今まで感じていなかった恐怖が心を侵食し始めた。


山奥の森の中、生い茂る木々が一か所だけ切り開かれたこの場所は、時より狂ったような風が吹きつける。ポツンと置かれた薄茶けた石造りの平屋が、これから我が家となる兵舎だ。元はこの地の監視小屋だったのか、森で伐採した木を集める者たちの居住場所だったのか、区切られた部屋や調理場、風呂場などが揃っている。

淡い色などわくことのないこの場所で、清志は三年の年月を過ごすことになった。

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