青春の始まり
新入生は俺を含めて16人いた。ほとんどが初心者だったため、まずは基礎練から始めることになった。
でも基礎練は正直苦行だった。眠気を誘うメトロノームに合わせて、ひたすら同じ指の動きを繰り返す。最初は意気込んで練習していた新入生達も、変わり映えのしない日々にだんだん嫌気が差してきたのか、3か月も経つと徐々に欠席が目立つようになった。
そんな中で俺はどうだったのかというと、もちろん退屈だった。
例の可愛い先輩は
ただ、クラブを辞めようとまでは思わなかった。それは単に秋葉先輩と離れたくなかったからではなく、ギターを弾く秋葉先輩の姿に憧れを抱くようになったからだ。
秋葉先輩の音は俺とは全然違う。俺の音はブツブツ切れて耳障りなのに、先輩の音はオルゴールみたいに優しい。指の動きだけ見るとすごく速くて複雑なのに、秋葉先輩は全然辛そうじゃなくて、むしろ愛おしそうに目を細めて、身体を揺らしながら弾いていた。
そんな姿を間近で見て、俺は思ったのだ。俺もあんな風に、気持ちよくギターを弾いてみたい。地道に練習を続けていれば、俺もいつか先輩のようになれるだろうか。
入部から半年が経った頃、俺達新入生はテストを受けることになった。先輩の前で、1人で課題曲を通して演奏するというものだ。
指定された曲は『禁じられた遊び』。クラシックギターの定番曲ではあるが、右手のアルペジオ(分散和音)は曲を通して同じ形で、左手の運指も比較的簡単だから、初心者でも弾きやすい曲として設定されていた。
でも初心者の俺からしたら、まずはアルペジオを覚えるだけで手一杯だった。右手だけを何度も練習し、慣れてから左手を加えたが、左右で違う動きをするのが難しく、2小説弾いては詰まる、ということを何度も繰り返した。個々のフレーズごとには弾けるようになっても、通して弾くと必ずどこかで間違えた。俺は必死に練習を続けながらも、テストの日が一生来なければいいのにと思っていた。
テスト当日は、15人くらいの先輩の前で演奏することになった。中には秋葉先輩もいた。先輩に見られていると思うと冷や汗が滴り落ち、俺は目に見えてわかるほど震えていた。
何とか落ち着いて演奏しようとしたが、内心では半ばパニックになっていた。変な音が鳴ったらどうしよう、途中で止まったらどうしよう――。いくつもの不安が頭の中を渦巻いて、俺は死に物狂いで演奏を続けた。
終わった時にはどっと疲労が出て、俺はぐったりとして椅子の背もたれに身体を預けた。緊張し過ぎて、自分の演奏がどうだったのかまるで覚えていない。ただ、心地よい脱力感が胸の内に広がっていったことは覚えている。それは単にテストが終わったからではなく、持てる力を出し切ったことから生ずる安堵の脱力感だった。
先輩達はじっと俺を見つめていたが、やがて誰からともなく拍手をした。まずまずの演奏だったらしく、よかった点を順番に挙げてくれた。俺は照れ笑いを浮かべながら、妙にくすぐったい気持ちで好評を聞いた。
『奥野君、すごいね! 半年前に始めたとは思えないよ。練習頑張ってきたことがよくわかるね』
顔をくしゃっとさせて言ったのは秋葉先輩だった。それを聞いて、俺は身体中の疲れが一気に抜け落ちたような気がした。次はもっといい演奏をしてみせますから、なんて大見得を切ることまでした。
それほど嬉しかったのだ。ほんの半年前までは楽器に触れたこともなかった俺が、1つの曲を通して弾けるまでになった。何物にも代え難いその充足感は、俺の人生に新たな喜びをもたらしてくれた。
楽器って楽しい。もっといろんな曲を弾けるようになりたい――。その時初めて、異性としてではなく、ギタリストして秋葉先輩を追いかけたいという炎が心に燃え上がったのだった。
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