序章 ある研究所所長の日記

魔法暦2932年 2月18日


上からとんでもない命令を受けてしまった。例の超破壊爆弾を開発したサザーランド博士が、我が共和国に亡命したことは知っていたが、まさか彼をこの秘密研究所に送ってくるなんて誰が想像できる? 相手は金であの途方もない兵器の設計図を横流しした奴だぞ。一体軍はそんな奴をここに送って何を開発するつもりなんだ?



魔法暦2932年 10月27日


遂にサザーランド博士がこの研究所にやって来た。事前に聞いていた通り、変人以外の何者でない。すぐに与えられた研究室に籠り、我々に対する挨拶も全部無しだ。しかも助手として付ける筈の研究員達も全部追い出してしまった。これで成果が何も出なかったら追い出してやる。



魔法暦2932年 12月4日


ようやくサザーランド博士が何を研究しているか分かった。馬鹿みたいな話だが、今まで博士が何を研究しているのか分からなかったのだ。それもこれも、軍が博士に直接命令を下しているせいで、研究所の中に在って研究所の指揮系統から外れているという、血管がブチ切れそうになる横やりのせいだ。


しかし今日搬送された複数の動物とその餌で何をしているか分かった。多分、超破壊爆弾が動物に及ぼす影響についてだ。確かにシミュレーション上では、小動物もモンスターになるとは計算されているが、実際の所はどうなるか分かっていない。だから、軍管轄の研究所ではなく、最高純度の魔鉱石や魔力溜まりに最も近いこの研究所に博士は送られてきたのだ。だが、一歩間違えれば研究所内でモンスターが溢れる事になるんだぞ! 軍の連中め、ここは檻の中じゃない!



魔法暦2934年4月24日


癪だがサザーランド博士の能力は認めざるを得ない。新たに作られた隔離実験室は、私の想像通り博士の玩具の運動場だったが、そこでお披露目されたのは、極々簡単な命令なら理解できる、双頭の犬型モンスターだったのだ。一体どうしてモンスターが人間の言う事を理解して、お手なんてできるんだ?


いや、それよりも少し思い違いをしていた。博士が軍から命じられて研究しているのは、超破壊爆弾の影響ではなく、魔力強化された生物からモンスターと呼ばれる種族を作り出し、それをコントロールして生物兵器に転用する事だったのだ。


確かにこれなら帝国への攻撃を行っても、自然発生したモンスターと区別できないだろうし、軍が一番頭を痛めている人件費を削減できるだろう。視察に来ていた軍の人間も非常に満足していた。



魔法暦 2935年 6月1日


もういい分かった。サザーランド博士、あんたは天才だよ。



魔法暦 2939年 11月6日


博士がまた変なことを言い出した。出来るだけ多く動物の遺伝子を欲しいと言って来たのだ。いや、それだけなら博士の研究を考えれば当然なのだが、生物兵器としてはコントロールが効かないと分かり切っている昆虫や節足動物、果ては汎用性が無い魚類まで欲しいらしい。魚類って、その水槽やら何やらを手配するのは誰だと思ってるんだ?


軍には一応連絡を入れたが、どうせまた許可が出るだろう。囚人を使っての博士の玩具の性能試験は、それはもう素晴らしい物だったからな。いい歳した軍人達が満面の笑みだった。そのうち魔道鎧や戦車と戦う生物兵器も出来上がるかもしれない。



魔法暦 2940年 2月16日


あの博士の脳みそはどうなっているんだ? どうしてモンスター化した4メートルの蟷螂が人間の言う事を聞く? 流石に昆虫類のコントロールは無理だろうと、そっち賭けてたやつが多かったはずだ。そいつらはしばらく極貧生活だな。


まあ、相変わらず軍の偉いさんはニコニコ顔だ。今までは哺乳類をベースにしていたが、昆虫類は元のスペックが高いため、明らかにあの蟷螂は、既存の博士玩具シリーズで群を抜いた戦闘能力を持っている。何年か前に日記に書いた、魔道鎧に勝利する生物兵器の誕生も夢ではなくなるだろう。ましてや相手が帝国のブリキ鎧なら猶更だ。



魔法暦 2941年 2月20日


今度は猿型だ。博士が犬の次に作り出したから、最初期に開発は終えたと思っていたら、昆虫の遺伝子を加えたまま、元の猿のままの姿になるテストをしたらしい。はっきり言って博士は偉大としか言いようがない。猿は全く姿形は変わっていないにもかかわらず、元のスペックの何十倍もの各種数値を叩き出したのだ。本当に天才という言葉は博士のためにある。



魔法暦 2941年 8月3日


またこの研究所の拡張が始まった。今度は植物園が欲しいらしい。


なんでも光合成出来る生物兵器を試したいらしいが、あの博士はここが地下なのを忘れているらしい。だがまあ実戦用に調整された蟷螂は、魔道鎧に打ち負かされたとはいえ十分な性能を示したのだ。投資すればするだけ結果が返って来るのなら、軍も気前よく金を払うというものだ。そのせいで、博士はますますこの研究所でアンタッチャブルな存在と化してしまったが。



魔法暦 2942年 2月2日


運動場も特殊なライトで日光浴できる環境を整えての実験は大成功だった。既存の玩具全てが非常に高いスタミナを得る事に成功したのだ。どうやら日光と魔力と反応させることで、生物兵器の持久力を上げる事が出来る様だ。これなら帝国に投入して、こちらから体調の維持を心配する必要が無くなるだろう。やはり生物ゆえに、ある程度スペックの発揮に波があるだがそれを解決できたようだ。



魔法暦 2942年 10月27日


博士を丸一日見なかったのは意外な事だが珍しい。研究室に籠りっぱなしではあるが、食堂には必ず顔を出すため、人と完全に会わないという事は無いのだ。まあどうせ研究に集中しすぎて気が付いたら一日経っていたとかそういうのだろう。



魔法暦 2943年 10月27日


博士から一等変な要望をされた。法律や社会に関する資料を取り寄せて欲しいそうだ。理由を聞くと生物兵器がどこまで法に触れないかの確認だそうなのだが、帝国相手にそんな気を使う必要はないだろう。まあ、今までのお願いに比べたらずっと可愛いものだ。来週には取り寄せられるだろう。



魔法暦 2944年 9月15日


暫く博士から変なお願いは無かったのだが、今度はメイド型のアンドロイドが一機欲しいらしい。もう歳だからある程度身の回りの事をやってもらえると、それだけ研究に集中できるから、高性能であればあるだけいいとの事だ。そのまま軍に伝えたが、一体どんな高性能機が送られてくるか今から既に恐ろしい。多分私の生涯年収を超えるのではなかろうか。



魔法暦 2945年 4月18日


やっぱりな。軍にアンドロイドの事を伝えてから、随分送られてくるのが遅いと思ってたんだ。送られてきたのは特注も特注。下手をしたらこの研究所で一番高価なんじゃないか?



魔法暦 2947年 9月20日


博士が試験の為にいくつかの合金と、それを加工するための装置を注文して来た。どうも魔道鎧の方にも興味が出たようで、試作品を作りたいらしい。軍も正面戦力の充実が行われるのは大歓迎だろう。しかし、博士に専門分野というものは無いのか? まさに万能の天才だ。



魔法暦 2949年 3月30日


博士製の魔道鎧試作品第一号が出来上がったが、既存の物よりずっとシャープで洗練されたフォルムだった。だがその真価は見た目だけではない。運動性では全ての値が我が国の最新鋭機を上回り、ましてや帝国の劣った物と比べるとまさに象と蟻だろう。


だが流石の博士と言えども、いきなりの試作品でコストカットは出来なかったようで、それなりに値段が張るものとなっている。だがあくまで試作は試作なのだ。現物があるなら量産化は大抵どうとでもなる。



魔法暦 2951年 9月7日


博士めやり過ぎだ。極々短時間だが魔道鎧が空中に浮かび上がるなんて誰が想像した? 人間では動けないほどの重量の鎧を魔法で動かしていた物が、突然空中に浮かび上がるなんて進化を急に見せられたら、そりゃ我々も軍人も飛び上がるに決まっているだろう。夢みたいな話だが、空中移動する魔道鎧なんてものが現実として現れたのかもしれない。



魔法暦 2954年 1月1日


新年の日は全員でパーティーと毎年決まっている。そこで珍しく博士と話す機会があった。どうもかつて博士が超破壊爆弾の設計図と引き換えに要求したと言われている金銭はカモフラージュで、実際の所に要求したのは好きに研究できる施設の移動だったらしい。帝国では超破壊爆弾だけの開発と改良をするよう言われていて、思う様に研究出来なかったらしく、うんざりしていた様だ。


いやはや帝国はやはり馬鹿だ。この25年近く、博士は好き勝手やっていた方がずっと利益になるし、そのせいで亡命まで招くとは。馬鹿極まりない。



魔法暦 2958年 12月12日


どうも博士の体調がよく無いらしい。いや、人のこともそういえないか。私も博士もこの研究所で過ごして30年。私はたまに外出の許可が出るが、博士はそんな物お構いなしに研究に没頭しているのだ。むしろ今まで体調を壊さなかった方が不思議だ。長い付き合いだから、医務室に行けと言っても怒られんだろう。



魔法暦 2960年 11月2日


どうやら研究所の存在が帝国側に露見した可能性があるらしい。だが帝国の馬鹿がそれに気が付いたとして何が出来るんだ? ここの警備は博士謹製の玩具だらけなんだ。特殊部隊が乗り込んできたとしても、思わぬ実戦テストが出来るんじゃないかと、私も含めてここの研究員はむしろ期待しているくらいなのだが。



魔法暦 2960年 11月3日


博士から護身用に、ゴム弾でいいから拳銃を支給してくれないかと要望があった。どうも帝国は真剣に特殊部隊を活動させるのではないかとの懸念が軍から通達されており、博士の重要性を考えるとゴム弾なら特に問題ないだろう。面白いのは今まで撃った事が無いから、練習するために弾は多めにと言われたことだ。だれだって初めての事はあるとはいえ、天才でも例外は無いという事に、少し面白さを感じてしまった。



魔法暦2962年 10月26日


博士の挙動が妙におかしい。いや、元からおかしいのだが、最近は普段以上におかしい。たまに廊下で見ると、ニヤニヤしていたり笑いだしたりするのだ。今までどんな成果を出しても笑み一つこぼさなかった博士がだ。何か世紀の発見をしたに違いない。あの博士が笑いだすほどのだ。好奇心が抑えられそうにない。明日、博士は軍の視察でおもちゃを見せる事になっている。その隙にマスターカードを使ってこっそり見てしまおうか。




私も軍も思い違いをしていた博士が作り出そうとしたのは生物兵器じゃない究極の人間を超える生物なのだもうずっと前にできているしまつしなければばかはわれわれだった

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