やり直しボタン

茶猫

ボタンは押すもの

 私の何が悪かったのだろうか?

 

 彼女が選ばれた理由が分からない、藤堂君はなぜあの子を選んだの?


 みんな言ってたじゃない藤堂君は私を選ぶわよって、私が当確だったんじゃないの?

 それなのに、なぜ彼女が選ばれるの納得いかないわ。

 

 ところで、ここは何処だろう。

 気が付くと、変な所に寝ていた、近くで川が流れている音がする。


 起き上がろうとすると、なんだか胸が重い。

「ゲフォッ、ゲフォッ」と咳をすると大量の水が流れ出てくる。


 記憶が曖昧だ。


 う~~ん、私は佐伯涼子、17歳の女子高生、うん、記憶喪失ではなさそうだ。


 どうなっているんだ?


 確か、学園祭の準備をしていたはずね。

 

 私は『現代アート・サークル』部長だった。


 わが部では本年度の出し物である『ダイナミック・プニュアート』を作成していた。

 これは学校のプール全体を使ったアート作品だ。

 それは「風と自然の対流によりカラーボールが『うようよ動く』ダイナミック・アート作品」だ。


 あの日も学校にプール使用許可をもらって、プールに小さな色々なカーラーボールを浮かべる作業をしていた。

 あっ、そう言えば何かが倒れてきて……私はプールに落ちたんだ……


 もしかして、水を吐き出したのは、そのため?…でもここは学校じゃない。


 ここは何処?


「ここは『振り返りの世界』でちゅ、死んだ人間が生前を振り替えるための世界でちゅよ」


 いきなり幼い声が聞こえた。

 横を振り返ると男の子、いやどちらかと言うと幼児が居た。


「ひぇっ、いつの間にそこに居たの?」


「今、質問が聞こえたから出てきたのでちゅ」


「って『死んだ人間』?、まさか、私は死んでしまったとか!!」

 いきなり大きな声を出してしまった。


「そうでちゅよ、おばちゃんは残念ながら死んだんでちゅ」


「誰がおばちゃんですか……誰が……」

 本当に失礼な幼児だ、17歳のぴちぴちの女の子をおばちゃんだなんて。


「だっておばちゃんでちょ、おばちゃんは、おばちゃん以外の何者でもないでちゅ」


「いや、だから、おばちゃんはダメだろう、この子は」

 そう言うと口を両手で挟み横に広げてやった。


 それにしても幼児のほっぺは柔らかい、そしてビロンビロンと良く伸びるほっぺだ。

 面白いから何度もやってしまった。


「ふぁから、ほふぁひゃんひゃひょ」とかふにゃふにゃ語になるので手を放す。

「違うんでちゅよ、この世界では時間が関係ないんでちゅ。

 ボクはあなたより数十年も年下でちゅよ」


 う~ん、なんと言われようと見かけが大事だろう!!

 ここはちゃんと注意だな。


「違うでしょ、おねぇちゃんでしょ!!」


 赤くなったほっぺを摩りながら、怒ったのだろうか、幼児は横を向いた。


「せっかく、この世界のことを教えてあげようと思ったのでちゅが

 もう良いでちゅよ、勝手にしてくだちゃい」


 そう言うと幼児はなんと背中に羽が生えて空中に浮きあがった。


 まずい、そうだこの世界のことは分からない。

 今のところ周りに誰も見当たらない、ここは下手に出るしかなさそうだ。


「悪かった…、本当に悪かった…、おばちゃんは納得するから、教えて!!」


 その子供は不貞腐れたような顔をしていたが、気を取り直して降りてきた。


「まっ、しゃぁないでちゅね、これも案内人の務めでちゅからね」


「案内人?」


「死んだ人は、色んな事情がありまちゅからね

 なかなか成仏できないのでちゅ。

 そういう人のために、前世を振り返るためにこの世界はあるのでちゅよ。

 おばちゃんも色々思い残すことが有るのでちょうね

 ちなみに、この世界でははっきり思い出ちゅために『強く後悔をちゅる』ような仕組みになってるでちゅ」


「事情があるも何も、まだ女子高生だよ。

 本当の恋にも恵まれないで、もちろん結婚も未だ。

 それなのに、いきなり人生終了とは何事なのよ!!」


 そう大きな声で言うと涙が出てきた。


「なるほどでちゅね、大きな未練でちゅね

 恋の成就は結婚より難しいでちゅからね」


「結婚より難しいの?」


「そうでちゅよ、おばちゃんの周りで本当の恋をちて、その恋を成就ちた人はどの程度いまちゅか?

 勘違いの恋は多いでちゅけどね、本当の恋を成就できる人は少ないでちゅよ。

 それに比べて結婚する人は多いと思いまちぇんか?」


 なるほど本当の恋というのは成就する人は少ないのか?


 というか本当の恋?


 ……本当の恋と言うとそれ自体に出会える人の方が少ないと言えないか?


 それと後悔が強くなるか、確かに起きて最初に後悔していた。


 そう考えると……

 後悔の元になる色々な思いが走馬灯のように頭の中を巡っている。


「控えめな方が女の子らしいとか言われて一歩引いて生きてきた」


「でもそんなことをしても、何も良いことが無かったわ」


「もっと積極的に行きても良かったはずだ」


「もっと自分に正直に生きたかった」


 そんな思いと思い出が流れて行く。


 後悔の元など忘れたいこと、つまり思い出したくも無い光景だ、


 後悔する気持ちが強い……、なんて残酷な世界なんだろう。


 後悔が強くなると人は弱くなるらしい。


 いつも間にか、俯き色々なことを呟きながら泣きじゃくるだけになっていた。


 やがて大声で叫び始めた。


「こんな世界、なんであるのよ!!、出して、ここから出して!!」



 幼児はその質問に簡単に答えた。

「泣くだけ泣いたら思いを忘れるために成仏できまちゅよ。

 それと稀にですが『やり直しのチャンス』を与えられるかもちれまちぇん」


 聞き間違えか『やり直し』と聞こえた、いや聞き間違いではない、『やり直し』と聞こえた。


「えっ、『やり直し』が出来るの?」


「そうでちゅよ、あそこの台の上のボタンを押せば人生をやり直ちぇるんでちゅよ」

 というと台の方を指差した。


 その話を聞くや否や私は台に駆け寄った。

 確かにボタンがあった。


「あっ、押しても資格が無いと効果は発動しまちぇんよ」

 幼児がなにか言っているがボタンを見た私には、もう聞こえない。


 何も考えずボタンを押す。


 幼児の声が聞こえるが段々小さくなる。

「まだ、説明してまちぇんでちゅよ、ほんとにしょうがありまちぇんね。

 最近の人は困ったもんでちゅ、後でどうなっても知らないでちゅよ」


 ボタンを押した途端、私は光輝くトンネルを落ちて行くような感覚に襲われる。

 いや、実際に底の無いところを、落ちているという表現が正しいのだろう。


「意識は今のところそのままあるようだ。

 このまま人生をやり直せるなら凄い人生になるだろう。

 だって、これから色々な起こることや私がやったこと、そしてその結果も全て知っているのだ」


「もちかして楽勝人生の始まりじゃないか?」


 死ぬ前の数週間前に失恋したことを思い出しながら、今度は自分の思った通り生きようと繰り返し考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る