教会での誓い
家に帰る勇気が持てず、そのままビジネスホテルに泊まった。
朱里から着信がたくさん来ていたし、メッセージも来ていたが、何もかもを無視し、次の日も職場に電話をして、体調が悪いからと3日休みをもらう。
何もせず、ぼぉーっと天井を眺める。
一昨日まで、彼女のぬくもりを感じながら眠っていたのがウソのようだ。
ずっと調子の悪かった朱里から、病気ではなかったというメッセージをもらっていたので、少しだけホッとしている。
サイドテーブルでスマートフォンが揺れている。
きっと、朱里からだろう。しばらくほっておいてほしくなり、電源を切った。
そして気付く。
どんなときでも腹が減るんだ……コンビニへ買い物に行く。
ついでに、ホテルに払うお金もおろしておくことにした。
買いこんだものは、おにぎりとビールと水。明日の夜までなら……このローテーションでなんとでもなるだろう。そこそこ買いだめをして部屋に戻る。
そういえば、休みに海外旅行の予定決めるんだった……海外旅行って……行きたいのかな?僕と?それとも……アイツと?
僕の感情は、ぐちゃぐちゃだった。朱里が好きで大事なぶんだけ、もう収拾がつかないくらい……苦しい。
苦しいときに側にいてほしい人が元凶であることに、さらに苦しくなって体を小さく折りたたむ。
くそ……こんなときでも、僕って朱里のことしか考えられないんだな……バカだ……明日の昼間に荷物、取りに帰ろう……朱里は仕事に行ってるはずだから。
眠れないのを酒で無理やり眠らせる。
悪夢のような時間を過ごし、ビジネスホテルをチェックアウトした。
向かう先は、朱里のマンション。
ナンバーキーを入力すると、ふわっと朱里の匂いがして涙が出てくる。
生活圏なのだ、朱里の匂いがして当たり前である。
「……裕?」
ドアが開いたことで、朱里がリビングから顔を出して玄関へと駆けてくる。
「朱里……?仕事は?」
「仕事どころじゃないわよ!どこ行っていたの?」
「別にどこにいてもいいじゃん……朱里には関係ないし!」
「バカっ!いなくなれば、心配するに決まっているじゃない!裕が帰ってこなくて……」
朱里を見たら、たった2日家を出ただけで、憔悴している。
泣き崩れて、廊下にへたり込んでしまった。
「朱里、大丈夫か?」
「ゆ……たかのバカ!」
「はいはい、バカですよ!よしよし!」
子どものように泣きじゃくる朱里を抱きしめ、泣き止むまで背中をポンポンと叩く。落ち着いたころには、廊下を突き抜けた向こうの窓から、夕陽が見えていた。
「あのさ、朱里?」
「ん……何?」
「僕に遠慮せずに、あの……アイツのところに行っても……?」
「行くわけない!行くわけがないの……!裕がいるんだもん、行くわけがない!ただ、ごめん……これ以上は」
口を噤んでしまった朱里のことが、気になる。俯いてしまっているので、表情がわかりにくい。
「なぁ、明日、旅行に行かないか?仲直り……?でいいんだよな?」
「旅行?」
「休み取ってあるんだろ?」
「うん……取ってある。行こう!旅行!」
「どこに行く?急だから近場しか無理だけど、温泉とか?」
「いいね!一緒にお風呂入る?」
「えっ?僕、また、介護するわけ?」
「失礼ね!じゃあ、一人で入る!」
ぷんすかと怒りはじめる朱里は、いつもの様子だった。
もう離れてもいいだろうか?と体を離そうとすると、むしろ朱里の腕が力強く寄せてくる。彼女は、もうしばらくこのままがいいようだ。
そんなちょっとした仕草で、粉々になった自信が少しだけ戻ってくる。
「結婚式しない?」
「えっ?」
「結婚、僕のお嫁さんに……いや、僕をお婿に貰ってください!」
ぷふふ……朱里が笑う。
「素敵ね、嬉しいわ!」
「あぁ、世羅は妹がなんとでもするから、朱里の姓に入らせてよ!」
この話の続きなら、きっといいと言ってくれるだろう。
こんなに朱里のことを想っていて、自惚れかもしれないけど想われいるなら……
「ごめんね、籍は入れられない。このままで、二人一生を過ごすことはできないかな……?」
朱里の予想外の話に僕の思考は止まる。結婚するって話になってたはずだ。結婚式の真似事までして、写真まである。プロポーズも受けてくれて、それで……アイツの顔がちらつく。
「どうしてダメなの?」
「どうしてもダメ。私は、裕と一緒にいたいけど、籍をいれることだけはできないわ。そういう形では、ダメかな?」
「ダメではないけど……」
「不安?」
覗き込むように見上げてくる朱里こそ、僕よりもずっと不安そうである。
でも、正直に頷く。
「じゃあ、神様に誓おう!今度の旅行、教会に行って二人だけで誓おう?指輪もちゃんとつけてるし、ね?職場に公表もしよ!私の旦那さんだって、自慢したっていい!」
必死に言い募る朱里に痛々しさえ感じる。だからというわけではないが、返事をした。ずっと一緒にいてくれるというならば、別に籍に拘る必要はなかった。愛しい彼女が隣でずっと笑っていられるなら……それでよかったんだ。
「いいよ、二人だけで神様に誓おう。愛しているよ、朱里」
「嬉しい!裕!」
いつも以上に愛情表現がストレートに伝わってくるようで戸惑いながら、大事に大事に抱く。
朱里なしの人生なんてありえない。
もし、いなくなってしまえば、僕はどうしたらいいのだろうか。
ベッドに転がり安心したように隣で眠る朱里。
すっと頬に触れると朱里の体温を感じ、逆にこの3日間の冷たいベッドの感覚を思い出す。
ブルブルっと震え朱里に体を寄せると、起こしたみたいで寝ぼけながら抱きしめてくる。
愛しい人……ずっと側に……
◇・◇・◇
「朱里、荷物持った?」
「うん、大丈夫!」
1泊2日の近場への旅行となった。
どこか私たちみたいなところでも入れる教会を探そうということになり、〇△の方へ足を延ばすことになったのだ。
ご機嫌にハンドルを握るのは、僕ではなく朱里。
ペーパードライバーだった僕を鼻で笑い、私が運転すると運転席に飛び乗ったのだ。なんというか、運転がうまい……ラジオから流れてくる妙な歌に合わせて鼻歌を歌いながら、ビュンビュンと高速を飛ばしていく。ハンドルを握る彼女は、いつも以上にかっこいい。
これが、運転マジックというやつか……助手席に座る女性は、運転席の男性に惚れるというやつを思い出したが、朱里はきっと運転席を譲らないタイプだろう。僕が運転できないやつでよかった。
きっと、僕が運転できたとしても、彼女は変わらず、この妙な歌に合わせて鼻歌を歌いながら助手席でもドライブを楽しむのだろう。
「もうすぐ、〇△だって!」
道路標識を見ながら朱里がいう。助手席の道案内の出番だ。
今回は、森の中の古い教会に向かうことになった。
ネットで調べた結果、牧師さんがいて、誓いの証人になってくれる場合があるそうだ。僕の下手な道案内に文句も言わず、笑いながら目的の場所につく。
うん、確かに森の中の教会で静かないいところであった。
「素敵なところだね。とりあえず、誓っちゃおう!降りて!」
「なんか、神様もこんな適当に誓われたら……困らない?」
「いいと思うよ。神様は万物の神様だから」
「いや、教会は万物じゃないでしょ?」
「そっか……まぁ、いいじゃん!行こ行こ!」
手を引かれて教会の正面扉を開く。中に入ると、シンとしていて空気が変わる。すぅっとその空気を吸うと、それを見ていたのか隣で同じようなことをしていた。
「あっ!お客様ですか?」
たまたまだったのか、牧師さんが教会にいた。
「えっと、あの……」
僕がまごまごしていると、彼女はスタスタと牧師さんの元に行く。
「私たち結婚の誓いをしに来たのですけど、ここで誓わせていただいてもいいですか?」
「いいですよ!ぜひどうぞ!証人が必要でしたら……」
「お願いします!」
彼女はニッコリ笑ってお願いする。
僕は、ただ、隣で彼女につられて笑うだけだ。
「誓いの言葉は、こちらで用意したものになさいますか?ご自身で言われますか?」
「自分で言います!」
僕は、よくドラマで見る光景をイメージしてたのでいきなり自分で!といわれ、まごつく。
「朱里、どうするの?」
「思った通りに言えばいいのよ!例えば、朱里を一生大事にしますとか、愛していますとか、ちょっとこっぱずかしいことを言ってくれれば、私はとっても喜ぶ!」
「では、よろしいですか?」
「ちょ……ちょっと待って……考えるから……」
「考えちゃダメでしょ?そのとき思ったことでいいから……」
ニコッと微笑まれ僕らは神の前に膝をつく。
「新郎裕、貴方からどうぞ」
「……僕は、朱里を一生大事に愛していきます。どんなときにも側で支えていけるよう、これからも健康に気を付けながら生きていきます。朱里と末永く笑って過ごせますようどうかお願いします」
隣から笑い声が聞こえる。
笑わなくても……いいと思うんだけど?
「では、新婦朱里」
「はい、私は、裕を一生の伴侶として選びました。たとえ、それが間違っていて赦されることでなかったとしても死ぬ瞬間まで愛して……愛し抜きます。どうか、私たち二人が、ずっと一緒にいられますようお導きください」
朱里ってうまいこと言うな。やっぱり年の功っていうやつなんだろうか?
一生の伴侶と言われ僕は嬉しくて仕方がなかった。これで、僕だけの朱里になったんだと思うと幸福がぐっと上がる。
「では、誓いのキスを」
そう言われ、三人しかいない教会で彼女にキスをした。
ものすごく照れていて、可愛らしい。
「では、こちらで証明証を発行するので少しお待ちください」
そう言われて待っていると、朱里が手を握ってくる。
「誓っておいてなんだけど……教会って苦手かも」
「どうして?」
「神様がいるみたい」
「神社とかでもいるよね?神様」
「日本の神様は、寛容だからね。何事も」
「何事も寛容ね……何事かあるの?」
うぅんと首を振ると笑いかけてきた。
泊るところ決めていなかったので、二人で予約するためスマートフォンの画面を覗き込む。
1つのスマホを覗き込んでいたので、頭をこつんとぶつけて笑いあう。
そのとき、証明証ができたと牧師さんが来たので、ありがとうと教会を去った。
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