彼女の事情

年下の男の子 side朱里

 うちの会社に新しく転職してくる人が来るそうだ。

 久しく若い子が入ってきていなかったため、とても楽しみで仕方がない。

 年の頃は、私より5つ年下の男の子らしい。


 大手企業からの転職。

 私もその口だったからなんとなくわかる気がするけど、大きすぎる組織に合わなかったのだろう。


 私より年下の子というので、弟ができるようでなんだか嬉しい。

 一人っ子なので、兄弟というものに憧れてしまう。


 まぁ、私にも、この世のどこかに異父弟か異父妹がいるのかもしれないが……どこかにいるのかいないのかわからいものより、新しく入ってくる子に興味がわいた。



「初めまして、本日よりお世話になります、世羅裕せら ゆたかと申します。

 ゆうって書いてゆたかです。若輩者ですが、本日よりどうぞよろしくお願いします!」



 うんうん、なかなかの好青年である。

 緊張して声が若干震えていること以外は、及第点だろう。

 背も高く、私好みの男の子だった。まぁ、好みだからどうこうってことはないんだけど……


 しかし、頭を下げてから一向に上げてこない。

 緊張しているからなのか……行動開始である。

 私、こういうのは本当に苦手なのだけど、同僚たちとのじゃんけんで負けてしまい、新人君が緊張していたら、からかうという役目を押し付けられた。


 はぁ……出番ないことを願っていたのにな……見事に出番を作ってくれた新人君が恨めしい。



 私は、手近にあった書類を持って、頭を下げ続けている新人君の前に立った。


 視線を感じるんだけど……私の足、見てる?


 とりあえず、役目を果たすことを考え、ポンと肩を叩く。



「よろしくね!世羅くん!」



 何とも、視線が体を絡みつくように見てくる目の前の男の子を持っていた書類を丸めてスパーンと叩く。

 さすがに、見られていることに恥ずかしくなってきたのだ。

 目の前の男の子だけでなく、部署のみんなが見ているのもあって……照れ隠しみたいなものだった。

 しかし、思った以上にいい音がして、叩いた私が引いてしまう。



「初対面の女性を舐めまわすように見るのは、とても失礼じゃないかな?社会人なんだから……そういうのダメだと思うわよ?」

「あ……いえ……その……」



 初日の男の子にいたたまれない私の気持ちをぶつけてしまう申し訳なさ。

 そういえば、こんなバカな提案をした人物を私はなじることにした。



「もぅ!なんで私が新人いびりみたいなことしないといけないんですか!」



 矛先は、提案者である課長の湯島だ。

 この人が、言わなければ、私も新人君も無用な恥ずかしい思いをしなくて済んだというのに……それにしても、初日にスパーンとしてしまい、笑いのネタにしてしまった。悪かったなと反省を込めて、新人君に向き直り笑いかける。



「初めまして、橘朱里たちばな あかり橘朱里です。今日から、よろしくね!!あっ……あと、ごめんね?痛くなかった?」



 私は、さっき叩いたところを撫でようとするが、新人君は意外と背が高い。

 背伸びをし、彼に少し寄っかかるようにして、さっき叩いたところを撫でた。

 あんなことして、1日で辞めるとか言わないといいな……なんて、私が悪いわけではないと言いつつも心配になる。



「あ……あの、すみません……ちょ……ちょっと、失礼します……」



 そういって私から離れ、一目散に部屋から出て行った新人君を見て、私はその場にしゃがみ込む。

 嫌われた……ただでさえ、年上なのだ……新人君に逃げるように居室を出ていかれて、私が落ち込まないわけがない。



「朱里さん、大丈夫?」

「杏ちゃん……私、嫌われちゃったかな?」

「大丈夫じゃない?気になるなら、追っかけてみれば?」



 しゃがみ込んだ私に手を貸してくれるのは、同期の杏ちゃん。

 年は同い年で、昨年結婚と出産をして育休復帰したばかりである。



「ありがとう、ちょっと行ってくる……」



 私もフラフラと、彼の後を追って居室を出ていく。

 ちょうど、廊下の端にあるトイレに彼は入っていくところだった。

 さすがにトイレまでは、入っていけないので廊下で待機することにしたのだった。




 ◆・◆・◆




「あっ!やっと出てきた!世羅くん!」

「あの……えっと……」



 なんか、私を見て、すごい動揺しているんだけど……私、やっぱり嫌われちゃったのかな?

 まぁ、それなら、あまり近くで仕事しなければいいよね。とにかく謝ろう。



「え?あの……あの、朱里さん?」

「うん、朱里さん!ふふ、ごめんね……初日にあんなイタズラしちゃって。新人が入ってくるのをみんなが楽しみにしていたのよ。

 ガチガチに緊張していたら、からかって緊張をほぐそうって話になっていてね、度が過ぎたわね……本当にごめんね。ここの人、みんないい人だから……嫌わないでね?もちろん、私も!!」



 笑いかけて、仲直りじゃなく、これからよろしくの意味を込めて握手を求めてみた。



「世羅くん、改めてよろしくね!」

「はい、朱里さん。あの……」

「……ん?何?」



 まさか、彼に出社初日からこんなこと言われるなんて、全く予想していなかったのと、そういう恋愛事がご無沙汰なこともあって、私は赤面させられることになった。



「朱里さん、好きです。僕と付き合ってください!」



 その言葉を、数秒間の間に脳内で何回再生しただろう。

 やっと結びついたときには、目をぱちくりさせて驚いてしまった。

 そして、何より、恥ずかしくなって、ちょっと怒ったような話しぶりになってしまう。



「冗談、やめて!会って5分もたってないわよ!馬鹿なこと言ってないで、ほらほら、仕事に戻るよ!!」



 私は、苦笑いだけ残して、先に部屋へスタスタと帰る。

 顔が、体がとても熱かった。

 なんだ?この中高校生にでも戻ったかのような反応は……真っ赤になっているであろう顔を抑えて、恥ずかしさに机へつっぷする。



「朱里さん、大丈夫?」

「……大丈夫」

「新人君、怒ってなかった?」

「大丈夫だと思う」

「そう。で、どうし……あっ!帰ってきた!」



 私は、杏の声で思わず出入口を見てしまう。

 彼と目が合った瞬間、プイっと視線をそらしてしまった。何やってるんだか……そんな自分の態度すら恥ずかしくて仕方がなくなってきた。


 自己嫌悪に陥っていると、課長の湯島からお声がかかる。


 なんなんだ!今日は!


 今日の星占い、1位だったはずなのに……この羞恥と自己嫌悪をグルグルとしている今日は、絶対12位に違いない。

 あのテレビの占い絶対インチキだ!と心の底から叫びたい。

 でも、運命の出会いがあるよ!と言っていた気もする……気のせいだが。



「朱里ちゃん!こっち着て!」



 呼ばれたので渋々でも行くしかない。新人君がいるのに……顔合わせづらいのに……嫌だなと思っていると、まぁ、ろくなことにはならない。



「朱里ちゃん、世羅くんの教育係してくれる?」

「嫌です!」



 即答で答える。

 さっきの今で教育係?私には……無理。好きだとか言われた手前、すぐに平常心とか……できないから。



「朱里ちゃんにしては、剣呑としているね?なんで?新人教育上手じゃん!」

「上手とかお世辞言っても今回はダメですよ。他の人にしてもらってください!」

「そういうこと言っちゃう?はい、朱里ちゃんに業務命令。世羅くんを一人前にしてやってくれ!男として」

「なんか、やだ。課長、それセクハラで訴えてもいいですか?」

「どこが……?使えるようにしてくれないと、困るんだよね。うちの課、人数少ないから、ほら少数精鋭で!朱里ちゃんなら、申し分なく世羅くんを使える人材に育ててくれるだろうから、後よろしくね!」



 私は、自分にうんざりする。

 免疫がないわけではないけど……よく知りもしない男の子に好きだと言われ、付き合ってくれと言われ、挙句に業務命令で一人前にしろと言われたのだ。

 キャパオーバーだよ……と、頭を抱えてしゃがみ込みたくなった。



「先ほどは、失礼しました」



 そうはいっても仕事は仕事。

 ため息一つついて、私の頭を仕事へとシフトしていく。

 どんな男の子なんだろう?じっと見つめると、見つめ返してくる。



「デスクは、何故か私の隣にあるから、こっちよ。ついてきて。使えないと判断したら、私はOJTをすぐさまおりるから!私、チームリーダもやっているから、意外と忙しいの!ほら、ぼさっとしてないで、ちゃっちゃと動く!」



 返事はよし、後ろをウキウキしながらついてきて隣の席へ座るとあちこち見ていた。一通り説明をして、パソコンやプリンターなんかの設定をする。

 今の若い子は、こういう設定ができる子は、サクサクしてくれるのでありがたい。


 まぁ、1日目なんだから……と、大目に見て、私は隣にきた男の子を気にしながら仕事をするのであった。

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