雨色

 今日の夜は自分の部屋に繋がっている、小さなベランダから見えるマンション前を眺めていた。

 コンクリートの間から咲く、小さく白い花を無惨にも大人気なく殺しにかかってくるような雨が、辺り一面に蒼色の光を届けていた。それをずっと眺めていると、海中に閉じ込められたイワシになったような気分になる。

 海水で溺れる僕。それはそれでいいのかもしれない。そんな死に方をしてみたい。村上春樹だって、短編小説で死に方を考える作品が多分一つあったはずだ。よく読んだのに、名前はおぼろげだ。内容だけははっきりと覚えている。

 でも今は、色が違うな。その作品は焚き火だったけど、現実世界では雨だ。冷たさの中にある温かさではなく、冷たさの奥にある無慈悲さ。それだけが今、人々に与えられ続けているもの。

 ちょこちょこ体勢を眺めながら、雨がコンクリートに落ちているであろうところを眺めていると、一本の広げたピンク色の傘がマンションのエントランスから姿を現した。

 プリントアウトされていた柄から、妹の傘であることがわかった。

 そういやあいつ、今日約束がある、って少しほころんだ顔をして俺に言っていたな。

 適当に聞き流していたら急に怒り出して、書きかけの小説データを消去しようとして必死に止めた、数時間前の出来事を思いふける。

 なにげにかまってちゃんの気はあるよな。社交的で、俺なんかより友達とか仲良くしているように見えるのだけどなあ。

 傘は既に地下鉄の方へ進んでおり、角を曲がって俺の視界の中では、完全に消える。

 ぼんやりとしていると、雨が一層勢いを増していることに遅れながらも気がつく。

 蒼色もまた、比例するようにだんだん濃くなってきた。

 少しずつ染められてゆく世界には、一人も外に出ていない。

 多少路地裏みたいなところでもあるけど、もう午後六時だ。そろそろ人々が帰路に着いているはずだ。

 そういえば、妹は何の用でこんな時間に出かけたのだろうか。デート?

 だったら何で怒ったのだろう。ますます訳わからない。

 そこで俺が頭を悩ませてもしょうがない。

 只今は、ただただ体を蒼色に沈めてゆくだけ。

 目を閉じる。

 ほら、聞こえるだろう。

 ザーザー

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