第四章 恋と罠
裏切りの炎
上空から眺めるだけで、その島の惨状が雛乃にもわかった。
大きな島だ。しかしその島の緑は少なく、尽きることはないと言われたはずの川の水は枯れかけている。
そして、島のあちこちに不気味に蠢く太い蔓が見えた。
「ひどい」
「くそっ、なんだこれは。もうここまで迫って来ているのか」
楽園の果ての方から侵食して来ている鳥喰草。それはどうやらヴィンの予想よりも早く広がっているらしい。
この先、もうヴィンとゆっくり過ごせる時間はないかもしれない。その予感に胸が小さく痛む。
遠くに白い鳥が見え、その場所から光の刃が地上へ降り注ぐのが見えた。あれはきっとドゥードゥだろう。
かと思うと、ぼっと地上に炎が噴き上げ、鳥喰草を焼いていく。姿は確認できなかったが、ナツかナギのどちらかなのかもしれない。
ヴィンの周囲にも瞬時に電撃の玉が形成されていく。
「じきに生命を吸い尽くして種を飛ばすな」
その種は風に乗ってまだ別の島に流れつき、そこで根をおろし鳥を喰うのだ。そのスピードを遅らせるためには、この島に今見えている鳥喰草を駆除しなければならない。また芽を出すとはいえ、時間稼ぎくらいにはなるだろう。
ヴィンが大きく口を開き、警告音を発した。そしてふり下ろした手の動きに合わせて、電撃が地上の鳥喰草に降り注いでいく。
鳥喰草の口が、上空のヴィンと雛乃を捉えて伸びたが届くはずもない。そのまま電撃に打たれ火を吹きながらのたうっている。
電撃は地上に降り注ぐ側からまた現れ、どんどん対象を変えながら降っていく。
「ヴィン‼︎ あまり力を使いすぎないで‼︎」
「ああ。お前を危険にさらすわけにはいかないからな」
その言葉に、不謹慎ながら嬉しさが込み上げた。
ヴィンが力を使いすぎてまた具合が悪くなれば、雛乃も危険になる。それをヴィンは望んでいないのだと、それがどんな感情であれ雛乃を大切に思ってくれていることはわかったからだ。
それならば、絶対にこの手を離さないでいなければ。それが、間接的にヴィンを守ることにもつながるかもしれない。
ヴィンの翼が力強く羽ばたき、電撃を引き連れて次の目標を探す。その表情は険しく、鋭い瞳が地上をにらんだ。そして再び電撃を降らせていく。しばらくそれを続けていると、ヴィンの息が上がっていくのが雛乃にもはっきりとわかった。
ヴィンは大丈夫なのだろうか。ドゥードゥもナツも何度もヴィンには力を使いすぎるなと言ったはず。ヴィン自身もわかっている。
それでもいつも力を使いすぎてしまうのだ、楽園を救いたい一心で。
「ヴィン‼︎ 」
悲鳴じみた声を上げた雛乃に、はっとしたようにヴィンが視線を向ける。その額には大粒の汗が浮かんでいる。それが雛乃の胸を苦しくさせた。
ドゥードゥも、ナツもナギもおそらく同じように戦っているだろう。彼らだって辛いはずだ。それでも、雛乃はヴィンに無理をしないで欲しいと願ってしまう。
胸によぎるのは、力を使いすぎて身動きできず地面に力なく横たわるヴィンの姿。あんな姿はもうごめんだ。
それになにより、ここでそんなことになったら、雛乃はヴィンを守ってやれない。
「すまない、不安にさせて」
ヴィンが止まり、その腕が雛乃を抱き寄せた。耳元で大きく息をつく音。
少しだけでも休んで欲しい、しかし島にはまだ多くの鳥喰草が見える。これを全部排除するのはかなり大変だろう。
近くを炎の玉がかすめて飛んだ。一瞬で肌を焼きそうな熱気に小さく悲鳴を上げてしまう。
「ナギか」
ヴィンの瞳が周囲を見回す。遠くを飛ぶ黒い翼が大きく旋回した。こちらへ向かって一直線に飛んでくる。
またヴィンに抱きつくつもりなのだろう。そう思った雛乃の予想は簡単に裏切られた。
その異変に気がついたのはヴィンだ。こちらへと飛んでくるナギの様子に眉をひそめ、様子がおかしいとつぶやく。
ナギの表情まではまだ見えない。しかし、彼女が大きく両手を広げたのは見えた。それを合図にしたかのように、彼女の周囲に炎の玉が無数に出現する。
そしてあろうことかナギは、広げた手をこちらへ向かって振ったのだ。
無数の火の玉が迫り来る光景に、悲鳴を上げることも出来ない。低い呻き声を出し、ヴィンが翔ける。熱気が前後左右から迫り、その恐怖にあえぐ。繋がれた手をただにぎりしめて祈るしか出来ない。
「くそっ、どういうつもりなんだ⁉︎」
次々に襲いくる炎を必死で避けながら、ヴィンが大きく何度も警戒音を発した。それに答えるように、誰かの鳴き声がした。雛乃にはそれがドゥードゥなのかナツなのか、それともナギなのかは判別がつかない。
その誰かも激しく鳴いているが、ヴィンは返事も出来ない様子だ。
後ろをふり返ると、ナギの姿は先ほどよりもずっと近づいて来ていた。炎を避けているヴィンの方が不利なのは明確だ。
「ナギ‼︎ どうして⁉︎」
ヴィンが好きだと言っていたではないか。あれは全部演技だったとでも言うのだろうか。
それとも、なにか止むに止まれぬ事情があってのことなのか。
ナギがどういうつもりでも、今この瞬間は敵対していることは確かだ。そのことが雛乃には信じられない。
演技ではなかったはずだ。雛乃には、ナギが心からヴィンに好意を寄せているように見えていた。だからこそ、牽制されてあんなに悔しかったのだ。
「ナギ‼︎」
さっき別れた時だって、ヴィン大好きよ、そう言っていたのになぜ。
熱気が後ろから襲いかかり咳き込む。ヴィンの横顔が歪む。
「ナギはどうしちゃったの⁉︎」
「わからない」
炎が迫る。ふり返ると、さらに近づいたナギの表情が見えた。そこに宿っているのは、明確な敵意。ヴィンにすり寄っていた時の可愛らしさは欠片もない。
またナギの周囲に炎が出現する。
同時に、ヴィンの周囲にも電撃が現れ光を放った。無数に飛んでくる炎を電撃で撃ち抜いていく。それにも怯まず、ナギはこちらへと迫ってくる。
「くそ、仕方がない」
ヴィンの顔が一瞬歪み、次の瞬間ぴたりと止まった。ふり返って迫り来る炎と、そしてナギを電撃で迎え撃つ。
全ての炎が目前で弾かれ爆発し、熱風が吹き荒れた。その煙の中から飛び出してきたナギへヴィンの手がふり上げられた。
ナギが声なき悲鳴を上げ避けようとするものの間に合わない。ヴィンの放った電撃がナギの翼を撃ち抜き、ナギの身体が下へ落下していった。
「ナギ‼︎」
「多分あれくらいなら大丈夫だ。あいつ、なんで……」
ヴィンがナギの姿を目で追った、その時だった。
ヴィンの悲鳴が上がり、雛乃と繋いでいた手が離れた。
「え……⁉︎」
雛乃の身体が傾いで、ヴィンの姿が離れていく。手を押さえ、雛乃を追いかけようとしたヴィンの前に踊り込んできた灰色の羽毛。
ナツだ、そう思う間もなくあっという間に雛乃の身体は二人から離れ、空気にもみくちゃにされながら地面を目指していた。
(いや……‼︎)
このまま地面に叩きつけられて死ぬ。そう思ったのに、下を向いた視界に入って来たのは、そこで大口を開けている鳥喰草の姿だった。落下してくる雛乃を喰おうと待ち構えている。
雛乃を呼ぶヴィンの叫び声が聞こえた気がした。
(––––––––喰われるッ)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます