奄美の森の物語
@takagi1950
第1話 アマミノクロウサギとの出会い
大阪生れの都会っ子、小学校4年生の那美は、夏休みには母親の故郷、奄美大島で過ごすのが、常となっていた。来年からは勉強が本格化するので今年が、小学校最後の奄美の夏になる予定だ。
奄美大島は鹿児島から南に約380㌔離れた亜熱帯の島です。島に僅かに有る平地には都会のようにビルが林立しているが、一歩中に入ると豊かな自然が残されている。
那美は海で遊ぶのも好きだが、森の散策がもっと好きだ。太古から茂るヒカゲゴケ等のシダ類を観察するのも、蝶を見るのも好きだ。今年は、蝶なかでもアカボシマダラの生態を観察したと思っている。
目的の蝶を追って、森に入った。夢中になり道に迷い、運悪く雨、たぶんスコールに襲われて、木の下にある茂みの中に逃げ込んだ。
周りが薄暗くなって来て、不安になった。
「娘さんそこはハブが出て危険だよ。私に付いて来てください」
黒く目の小さなウサギが那美に優しく言った。那美は周りを見渡すが誰も居ない。
「此処ですよ。ここ」
声のする方を見ると黒いウサギが居た。
最初、ウサギが喋る姿を見て、何が起ったか分からなかったが、ウサギの動きに合わせて右に出た時に、藪の中から何か棒が弓なりに飛んだ。那美は頭の形と模様から直ぐに猛毒のハブと思った。祖母から噂には聞いていたが、初めて見た。恐怖心が襲って来て動けなかった。
「心配しなくて大丈夫ですから。ここに来て下さい」
那美を雨が防げる小さな洞穴に誘った。気持ちが落ち着いた。
気持ちに余裕が出来た那美が、「アリガッサマ リヨウタ(奄美の方言で、ありがとうございますの意味)。助かりました」と黒いウサギに礼を言った。それに合わせてウサギがピョンと跳ねた。そして話しが始まり、この黒いウサギは“アマミノクロウサギ”という奄美固有の貴重な動物で名前を“加那”と言うことを知った。
そして加那は、奄美の森は番人の“やちゃ坊”、住人の“ケンムン”、そして今日は那美を襲ったが、むやみに森に人間が入って自然を破壊するのを防ぐハブ、乾燥から豊かな森を守るシダ類等によって守られていることを語った。
那美は、多くの森の住民によって奄美の豊かな森が守られていることを知った。
加那は、「ウウウキュキュ、ウウウキュキュ」と空に向かって鳴いた。那美は誰かを呼ぶ仕草のように思った。予想通り洞穴に誰かがやって来た。加那が“やちゃ坊”と“ケンムン”を紹介した。代表してケンムンが那美に言った。
「那美さん。この森では私達が信頼出来る仲間と判断すると人間の言葉で話しが出来ます。那美さんは私達の大事な仲間です」
「ありがとうございます。私に森のことを教えて下さい」
「良いですよ。一生懸命頑張ります」
次にやちゃ坊が森の状況を話しました。
「人間が山に入って来ることが多くなって荒れてる。この状態が続くと森が崩れてしまう。仲間になって森を守ってくれ」
「私も勉強して皆さんのお役に立ちたいと思います」
この様にして4人は奄美の森を守ることを誓った。
なお、「やちゃ坊」は愛される無法者です。型破りな人物で、義賊的な性格も持っている。堅苦しい生活を嫌い、10歳を過ぎたころ家を飛び出し、山にこもって生活を始めた。昼間は山林の中に隠れ、夜になると人家を荒らし回った。
ある時、漁から帰った漁師が舟を浜に揚げるのに困っていると、坊(子供)が手伝ってくれた。舟を無事引き揚げて捕った魚を見ると、一番大きなヤチャ(カワハギ)が見当らない。坊が舟を揚げるのを手伝っている時に、ヤチャを盗み持ち去ったのだ。
それからというもの、この坊は「やちゃ坊」と呼ばれるようになった。
無法者とされたやちゃ坊だが、金持ちの家から食べ物を盗み、貧乏な人の家に放り込んだり、道端で泣いている子どもに大きな握り飯を与えたりもする。盗みはしても人を傷つけることはしない。
また奄美には、“ケンムン”と呼ばれる妖精もいる。ガジュマルの樹に棲み、ガジュマルの樹を切り倒すと、ケンムンのたたりにあうとされ恐れられている。
ケンムンは純粋な心を持つ子供には見えるが、大人には見えないという説もある。子供たちの遊び相手や道に迷った子供を危険から救ったという話も伝わっている。
ケンムンについては、ガリガリに痩せているのに相撲が好き…などの情報がある。
この他にもケナガネズミ、さっき見た猛毒を持つハブ、小さな猛獣マングース、野ネコなどが森の住人で、空にはルリカケスなどの鳥類が舞い、太古から続くシダ類があり、これらが互いに闘い切磋琢磨(せっさたくま)しながら森を構成している。
また、水に乏しく、苦労して開墾(かいこん:森を切り開く)された畑には、タンカン、砂糖キビ、みかん類が栽培され、海では天然の魚と共にクロマグロ、モズク、などが養殖され、サトウキビを原料に黒糖焼酎(こくとうしょうちゅう)が生産され島人(しまんちゅ)の生活を豊かにしている。
森の話を聞いていると、雨も止んだのでアマミノクロウサギいや“加那”の案内で街に戻ることになった。
「加那さん。私は貴方のこの森を守りますから」
「ありがとうございます。私たちも頑張ります。豊かな森を守って下さい。お願いします。森は私たちだけでは守れませんから」
「ええ、私の人生で一番感動した今日の日に、森を守ることを約束します」
那美は加那を手で抱き上げて、赤い眼を見て優しく言った。また、強い雨が降ってきた。
「早く帰って下さい」
この言葉を背に受けて道路を下って街に帰った。
那美にとって長い長い一日が終った。
自宅に帰ると、母から、「どこに行っていたのそんなに濡れて。心配するだろう。早く風呂に入って」と強い言葉で言われた。母の言葉には反発することも多いが、今日は心配してくれる気持ちがうれしかった。
「お母さん、私、森を守る人になるから」
「どうしたの急に」
あっけに取られる母の言葉を背に風呂場に向った。心地良いお湯だった。森の住人達にも良い環境を提供したいと思った。
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