第9章  1963年 プラスマイナス0 – 始まりの年 〜 2 「22年 8月28日 友子」(4)

 2 「22年 8月28日 友子」(4)




「……大きなお家に本当に広い庭があって、わたしが行った時、ちょうどご家族全員が庭に出ててね、わたしの子供が木でできたギッタンバッコンに乗ってた……おじいちゃんおばあちゃん、そして若いご夫婦みんなが嬉しそうに眺めてるの……着せられているお洋服もね、わたしなんかじゃ絶対に買ってあげられないなって思ったわ……このままの方があの子のためになるなって、心の底から思えちゃって、だから、そのまま……逃げるようにその場を離れました……」


 昔、剛志に話した時のことが、一瞬にして智子の脳裏に蘇った。

 女の子の着ている洋服から、庭の感じまでが記憶にあるものとそっくり同じ。そして何より、あの時代には珍しいギッタンバッコンに、見覚えのある女の子が腰掛けていた。

 ――わたしがあの時見たのは……桐島家、だったの?

 ということは、あの子供は友子ではなく、智子自身だったというになる。

 ――そんなことあり得ない!

 二つか三つか、確かに写真の女の子は、自分の小さい頃に似ているって気もする。

 娘なんだから当たり前? それとも教えられた住所は間違いで、友子はどこか違う家庭にいたってことか? 様々な憶測が頭を過るが、どれもこれもが不可思議すぎる。

 ところがすぐ、次のページにあったのだ。


 すがるような思いで捲ったその裏側……。

 とてつもなく衝撃的で、かつ、それはあまりに生々しく現れた。

 昭和の年号と、記憶に刻み込まれた日付。

 それに一生忘れることなどできない……唯一無二の名前があった。

 毒々しいくらいに赤かったはずが、微かに色味が知れるくらいになっている。

 あの時、一度玄関に背を向けてから、ふと、智子は思いついたのだ。

 ――名前と、誕生日くらい書き残そう。

 そう思ってはみたものの、もちろん紙や鉛筆などは持ち合わせていなかった。

 だから腰にぶら下げていた手拭いを、その場で懸命に引きちぎる。それからほとんど使い切っていた口紅で、友子という名と誕生日だけを書き込んだ。

 そんな手拭いの切れ端が、すぐ目の前、手の届くところに現れたのだ。

 ――いったいどうして?

 何がどうなっていようとあの布切れには違いない。どんな事情があったりすれば、桐島家のアルバムなんかに貼られることになるのだろうか?

 ただとにかく、一度は斜めになってしまった切れ端を、丁寧に伸ばし、網目を直しながらアルバム中央に貼り付けてある。

 そんな印象を受ける布切れに、記憶にある文字がしっかりそのまま残されていた。


 〝22年 8月28日 友子〟


 智子の誕生日からふた月後、偶然にも同じ二十八日に、智子の娘、友子はこの世に誕生した。

 ――だからやっぱり、あれはわたしじゃなかったのよ……。

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