第7章  2013年 プラス50 – 始まりから50年後 〜 4 八年前の、あの日(3)

 4 八年前の、あの日(3)




「もし、お渡しできないままお亡くなりになった場合は、処分してほしいということでした。しかしこれでそうせずに済んで、わたしどももホッとしています」

 そう言ってからは大した話もせずに、彼は程なくして帰っていった。

 そうして剛志の前に、封筒が一つと、三冊の日記帳が残される。

 剛志は最初、それがなんなのかをまるで知っていなかった。一番上に置かれていたのがボロボロの大学ノートで、まさかこれによって真実を教えられるとは想像すらしていない。

 ところが表紙をめくった途端、剛志は一気にすべてを悟った。

 どうしてこの名が? そう思うよりずっと早く、ストンとぜんぶが腑に落ちる。

 ――桐島 智子。

 途端に目に飛び込んだのは、鉛筆で書き込まれた〝桐島智子〟という文字だった。

 それはまるで、『わたしはここにいる』と訴えるように、上から下までやたらと大きく書かれていた。慌てて何ページかめくってみるが、あとは細かな文字が規則正しく並んでいる。

 剛志は一旦ノートを閉じて、ただただそんな可能性について必死になって考えた。

 節子の日記だと渡されたものに、桐島智子の名があった。彼女はその名を知らないはずだし、それにどうして、こんなに大きく書かねばならない?

 ――ならばやっぱり、節子は本当に、あの智子……だったのか?

 十六歳だった智子が、知らぬ間に成長して剛志の前に現れていた。

 さらに警察から彼を救い出し、名井という名と戸籍を与えてくれる。学生時代の資金援助や入院中のすべてだって、ぜんぶあの智子がやってくれたということだ。

 ――そんなの嘘だ……ありえない!

 そう心で叫ぶたび、さっき目にした大きな文字が、脳裏にハッキリ浮かび上がった。

 桐島智子。そう書かれていたのは間違いない。さらに次のページからの細かな文字も、節子のものと非常によく似ている気がした。

 ――勘弁、してくれよ……。

 この期に及んで、何をどうしたくてこんな事実が現れるのか?

 智子は死んでいなかった。

 それどころか、二度と会えないと思っていた彼女と、実はずっと一緒に暮らしていたのだ。

 きっと天と地がひっくり返っても、到底今ある驚きには届かない。

 しかし、だったらどうしてだ?

 彼女はどうして、そうだと打ち明けてくれなかったのか……??

 智子であると知っていれば、記憶喪失だなんて嘘をつかずに済んでいたし、マシンのことだって、どうしたのかを尋ねることができたろう。

 ――じゃあやっぱり、智子は過去に戻ったんだ……。

 剛志が送り返したマシンに乗り込み、彼のいる時代よりさらに過去へと飛んだのだ。

 ――じゃあ、あの太った女は? やっぱり智子じゃあなかったか?

 そしてあのデジタル時計も、確かに向こうの時代に行き着いていた。

 ――で……? ならば、あのマシンはどこにいった?

 少なくとも今、あの岩の上には何もない。さらに過去に送ったなら、運び出したりしない限りはここにあるはずだ。

 ――ということは、あれを未来へ送ったのか? 

 ――しかし、いったいなんのために?

 そんな疑問への回答も、きっとこのノートに書かれているのだろう。

 ――だからあいつは、自分が先に死んだ場合、俺にこれを託そうとした……。

 そんなことまで考えて、剛志はやっと、再びノートを開こうと思う。

 ところがいざ手にしても、なかなか表紙がめくれない。

 すべてが、勘違いであったなら……。

 節子が智子だなんて思い違いで、まったく別の真実が現れ出るかもしれない。

 そんな不安が膨れ上がり、ボロボロのノートをそのままゆっくり横に置いた。

 それから残りを一冊ずつ手にとって……、

 彼はそこで初めて、それらが日記帳であると知ったのだった。

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