第7章  2013年 プラス50 – 始まりから50年後 〜 3 あの日とその日(2)

 3 あの日とその日(2)

 



 実際、半年ほど前から、〝胃ろう〟という選択を施設医からも勧められていた。

 しかし手術で腹に穴を開け、胃に直接栄養を送り込むようになれば、もちろん老人ホームにはいられない。それ以前に、口から食べなくなるという状態が、剛志にはどうにも受け入れ難いものでもあった。だからといって、そのために節子が死んでしまっては元も子もない。

 ――もう、この辺が潮時か……?

 だから胃ろうという選択を受け入れて、老人ホームから節子を出そうと剛志は決めた。

 となると次は老健か特養だが、長期入所が可能な特養の方は、普通順番待ちでなかなかすぐには入れない。ところがさすがに八十三歳を介護するのが八十五歳という高齢だからか、次の行き先は呆気ないほどにすぐに決まった。

 そこは、二子玉川方面にあるできたばかりの特別養護老人ホーム。個室も広々としてなんといっても綺麗だった。しかし入所してから三年目、やはりそこでもダメになる。

 そうなると、残されるのは長期療養型病院だ。ここは病院と呼ぶだけあって、医療サービスだけは充実している。ただし、率先して回復への治療を行わないから、入居者は重篤な患者がほとんどで、何もなければ一日ベッドの上にただ寝かされる。

 それでもそんな施設のおかげで、節子は今日まで生きてこられた。そしてまた三月十日という日を迎えて、剛志はいつも同様、彼女を自宅に連れ帰るのだ。

 正直この行為の結果、どんな展開が待ち受けているかはわからない。

 生きる屍のようになってしまった節子にとって、これが本当に意味あるものになるのかどうか?

 ――それでも、やってみる価値はあるだろう……? なあ、節子……。

 瞬きさえ滅多にしない節子へ、剛志はこれまで何度も心でそう問いかけた。

 そうして今年、剛志はとうとう九十歳を迎える。

 そんな年齢で、あと何年こうできるのか?

 もちろん明日にでも、どちらかがあの世に旅立つかもしれない。

 しかしもしも、もしかしたらだが、こんな数奇な運命を授かった結末に、さらなるどんでん返しが待っていたっていいだろう。そんなことを思うようになったのは、やはりあの日、突然やって来たあの男のせいだった。

 彼から渡された日記を読んで、いかに自分が何も知らずにいたかを知った。

 途切れたと……思っていた過去には続きがあって、その先に、ちゃんと存在した事実が今も彼を突き動かしている。

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