第7章  2013年 プラス50 – 始まりから50年後 〜 2 すべては、書庫と日記から……(6)

 2 すべては、書庫と日記から……(6)




「わたし、ともこ!」

 節子じゃない、わたしはともこ! そんなふうに剛志には聞こえて、必死になってその真意を確かめようとした。しかし今になって思えば、「わたしの智子」だったのかもしれない。

 さらにそうであったなら、単なる偶然であるはずはないし、節子はきっと意味あって剛志の前に現れたのだ。

 ――だから子供の名前を、ゆうこ、だなんて言ったのか……?

 そんなふうに決めつけて、剛志はその後もずっと節子の日記を読み続けていった。そうして介護ヘルパーが帰った後も読み進め、すべて読み終わったのはもうほとんど明け方だ。

 ところが二十六冊すべて読み終わっても、あの節子の言葉についてはわからない。

 それでも彼は、読み続けて良かったと心の底から思うのだった。最後の数冊は例外として、日記のほとんどから彼女の幸せを感じることができたからだ。

 ただその一方で、腑に落ちないところも確かにあった。

 一番古い日記は結婚して三年目、昭和五十一年、1976年からのものなのだ。ここまでしっかり日記をつける習慣が、結婚して急に身についたとは考えにくい。

 ――であればだ、それ以前の日記だって、きっとどこかにあるはずだろう……?

「それも、この家のどこかに置いてあるのか? 節子……」

 剛志はひとまず寝室に戻って、節子の寝顔を眺めながらそんなふうに問いかけてみる。

 まずはひと眠りして、またヘルパーに来てもらって探してみよう。彼はさっさとそう決めて、節子の隣に置かれたベッドにもぐり込んだ。

 ところが二時間くらいが経った頃、玄関チャイムがしつこいくらいに鳴り響き、いつまで経っても鳴り止まない。キンコンキンコン、キンコンと鳴って、鳴り終わったかと思えば、また同じリズムで鐘の音が鳴り響いた。

 そのうち節子が目を覚まし、不機嫌そうに呻き声を発し始める。

「くそっ!」

 こうなってしまえば、寝ているわけにはもういかない。彼女一人では何一つできないから、やるべきことは山ほどあった。ただその前に、ひと言くらい文句を言わねば気がすまない。

 ――いくらなんでも、朝の八時ってのは早すぎるだろう!?

 セールスなんかだったら怒鳴りつけてやる! そんな気持ちを抱えつつ、彼は足早に玄関へ向かった。ところが備え付けの画面に目をやって、チャイムを押すのがセールスなんかじゃないとすぐに悟った。さらに……、

 ――俺はどこかで、こいつと会ったことがある。

 不思議なくらい強烈に、そんな気持ちが湧き上がる。

 しかし単にそれだけで、具体的な記憶などは浮かび上がってこないのだ。

 ただとにかく、画面に映るその姿には、セールスマン特有の何かがない。自信満々……、とでもいうのだろうか? 己の判断で生き抜く強さが、画像からでも過ぎるくらいに感じ取れた。

 もしかして医者か? そんなことを思いながら、剛志は通話ボタンを押したのだ。

「あんた、誰?」

 不機嫌そうにそう言って、すぐに終了ボタンへ手をかける。そうして返ってきた相手からの答えは、想像以上に明るい声そのものだった。

「どうも、大変ご無沙汰しております。わたしのこと、覚えていらっしゃいますか?」

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