第5章  1973年 プラス10 - 始まりから10年後 〜 1 覚醒、そして再会(4)

 1 覚醒、そして再会(4)

 



 この時代に来てすぐに、彼は名井という名をくれて、警察署から剛志のことを連れ出してくれた。さらに恐らくは、あの名刺を渡してきたスーツ姿の弁護士でもある。

もともと病院関係者だなんて思ってなかったが、まさか弁護士だったとは、まさに開いた口が塞がらない。それでもだ……。

 ――病室で会った弁護士と、あのヤクザっぽい奴が、おんなじ男?

 そんな事実が信じられず、過去の記憶を必死になってさかのぼる。

 すると男は、あの時とは別人のように明るい声で言ってきた。

「そんなに驚きですか? 前回お会いした時、ほら、警察から十分くらい一緒に歩いたじゃないですか。その間、あなたが高校生の頃、病室で会った弁護士だって、もしかしたらわかっちゃうかな、なんて、心の底でずっと心配していたんですよ。しかしまあ、あなたにとってはあの時すでに、母上の病室でお会いしてから十八年? それとも十九年かな? まあとにかく、そのくらい昔のことになるんだから、わからなくたって当然といえば当然、なんですけどね……」

 確かに、三十六歳となった剛志がこの時代に現れ、ほぼ二年近くが経った頃、男はこの時代の剛志と母親の病室で会ったのだろう。

 それから今日という日まで、ほぼ八年という年月だ。

 ところが四十六歳となった剛志にとっては、高校生で出会ってからすでに二十八年以上が経っている。病室でも数分くらいのことだから、男の顔などほとんど覚えていなかった。

 ただある意味、この時代で生きる術を授けてくれた、名井という名をくれた男のことは、今でもはっきり思い出せた。

 そうしておおよそ、おんなじ――であろう――顔が、今この瞬間も目の前にある。

 ただし、あの時とはぜんぜん違って、なんとも穏やかな表情ばかりを見せていた。

「どうしてあんたが弁護士? でも、どうしてだ……?」

 あまりに何がなんだかわからなすぎて、どうにもちゃんとした言葉が出てこない。

「あの時はね、弁護士なんて伝えない方が、真実味が出るだろうって思ったんですよ。もちろんお渡しした戸籍謄本も、今回の名刺だって、れっきとした本物ですよ。ただ、事務所の住所と電話番号は、あの頃のものとは違ってますが……」

 男は剛志の就職を確認し、さっさと事務所をたたんだらしい。

「もともと、児玉さん専用の小さな事務所でしたからね。送金の必要がなくなれば、あとはまったくの用なしです。だから名井さん、本当ならもう二度と、お会いすることはないはずだったんですよ。それがまさか、こんなことでまたお会いすることになるとは、こっちとしても、たいそう驚きでしたよ」

「でもいったい、どうしてこんなことまで……してくれるんだ?」

「うむ、当然のご質問でしょうなあ。しかし、すべてをお答えするわけにはいかないんですよ。わたし自身には、当然して差し上げる義理などありませんから、もちろん依頼主がいらっしゃいます。ただ、ご存じでしょうが、弁護士には守秘義務ってのがありましてね。一つだけ申し上げられることは、こういうことを望んでいらっしゃる方が、この世のどこかに存在しているということです。ただまあ、こう言っちゃなんですが、どうせ金持ちの道楽なんじゃないですか? 正直、羨ましい限りですよ。叶うならわたしも、そんな人の一人くらい欲しいものだ……」

 男はそう言って、苦々しげながらも笑顔を見せる。

 それから手にしていたボストンバッグを持ち上げて、剛志の方に差し出しながら、さらに続けて言ったのだった。

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