第5章  1973年 プラス10 - 始まりから10年後 〜 1 覚醒、そして再会(5)

 1 覚醒、そして再会(5)




「この中に、アパートに置いてあったノートや現金、あなたの身元を証明する書類関係などが入っています。それ以外のものについては、わたくしの方で大方処分させていただきました。それと、ただ寝かしておくのはもったいないんでね、ノートに書かれていた企業のいくつかへ、全額投資しておきましたから。もちろん、わたくしどももご相伴にあずかりましたが、それはまあ、手間賃くらいにお考えいただいて……。株券やらなんやら、その中にすべて入っていますから、今後はその金を使って、悠々自適に暮らされるもよし、それを元手に土地でも転がして、さらなる金持ちを目指されてもいいですし、まあ、お好きなように、生きてください……」

 ――あんたは、あのマシンのことを、知ってるのか?

 途中何度も言いそうになったが、すんでのところで勇気が出ない。

 ただ実際は、聞いてみるまでもないのだろう。

 この時代の剛志と、四十六歳の彼が同一人物だと知っている。

となれば、マシンの存在自体を知らなくても、時間移動のことくらい知っているはずだ。

 ならば、彼も未来人か? さらに剛志を助ける金持ちだという人物、そいつもそうだと考えればだ、すべての辻褄が合うだろう。

 ――見守っているのではなくて、きっと、俺のことを見張っているんだ……。

 生活に困ったり、そのせいで何かしでかさないよう監視する。そうしていざという時に、姿を見せずに手を差し伸べるのだ。

 しかしそれなら、高校生の剛志にまで資金援助したのはどうしてか? まだマシンの存在など知らないし、あの頃は伊藤が未来人だなんて考えてもいない。

 ――未来が、変わってしまうからか?

 もしもあの時、剛志が高校を中退していたら、きっとそのまま児玉亭を継いでいる。

 ――そうなったら、伊藤との約束だって、実行していたかどうか……?

 ちっぽけな店だからこそ、それだけのために休みになどしないだろう。それ以前に店が潰れていれば、もう約束どころではなかったはずだ。

 ――きっと彼らにとって、昭和五十八年に現れる智子を迎え入れることが、何よりも大事なことだったんじゃないだろうか?

 剛志は男が帰ってしまった後、ずっとそんなことばかりを考え続けた。

 さらにボストンバッグの中身を知って、あの男が未来人なんだと心の底から確信する。

 剛志は事故に遭った頃、すでに児玉亭への資金援助をしてしまっていた。もちろん切り詰めて生活していたが、日々の生活費だって馬鹿にはならない。あの頃きっと革袋には、せいぜい百五十万くらいしか残っていなかったと思うのだ。  

 ところがボストンバッグの中はというと、まったくそんなもんじゃない。

 ――だいたい、あのノートを見ただけで、投資の対象だなんてどうしてわかる?

 だからこそ彼は未来人で、その確固たる証拠がこれなんだと剛志は思った。

 ――いったい、いくらくらいになるんだろう?

 今、株券やら登記簿謄本などが、ベッドの上に所狭しと広がっていた。その中に、一つだけ白い封筒があり、中にはA4の紙が三枚入っている。

 それは剛志名義の資産一覧で、三枚目の紙には、証券会社や税理士の名刺がクリップで無造作に留められていた。

 剛志はその中から証券会社の名刺を抜き取り、すぐさまナースコールで看護婦を呼びつける。

 特別室である彼の部屋には、専用の電話機が備え付けてあった。

 ところが彼一人では、電話台まで行くことができない。だからやって来た看護婦の肩を借り、剛志はなんとか車椅子に乗り込んだ。さらに電話台まで押してもらって、ようやく受話器を手にして電話をかける。

 そうしてやっと、受話器から響く女性の声に、彼はいきなり告げるのだった。

「今、おたくにお願いしている株式ぜんぶ……すべて、売り払っていただきたい……」

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