第4章  1963年 - すべての始まり 〜 7 小柳社長

 7 小柳社長


 

 不思議なくらいトントン拍子に話は進んだ。未来から来たと知っている? そう思いたくなるくらいの信じようだったのだ。ただ、最初の頃はそれでも、

「以前、お勤めだった会社で、一度お会いしたことがありまして……」

 そんな剛志の大嘘に、首を傾げていたのも確かだった。

 小柳氏は去年まで、屋号が変わったばかりの化学繊維メーカーに勤めていた。そんな時代に世話になったと礼を言って、剛志は準備した言葉を次から次へと並べていった。

 ミニ丈のスカートがどこでどのように誕生したか? さらに日本で受け入れられる根拠など、多少の誇張も含めて一生懸命話して聞かせる。そうすれば、いずれは信用してくれる。そう信じていたが、それでも何回かは通うことになるだろうと覚悟はしていた。

 ところが案ずるより産むが易しという感じだろうか……、

「こりゃいい。アッパッパーがあれだけヒットしたんだ。えっと、サックドレスって言ったっけ? そいつの短い版が流行るってんなら、そりゃあスカートだって、同じくらい短いのがあったっていいわけだ。とにかく、人がすでにやってることを、後から真似したってたかが知れてる。いいよ、いいじゃないか……で、それってのは短い以外に、ほかに何か特徴とかはあるのかな?」

 おおよそを話し終わって、小柳氏はちょっとの間考え込んだ。と思ったら、いきなり大声でそんなことを言ってくる。それからさらに、剛志が無職だと口にすれば、

「よし、あんたを企画担当として雇うよ。そうすりゃ、自由にここを使ってもらえるしな。最初はたいした給金は支払えないが、あんたの言うミニスカートってのが売れちまえば、そのあとはいくらだって支払ってやれるだろうしさ……」

 そう言って、構わないだろ? という笑顔を見せた。

 それからさらに、剛志の顔をニヤニヤしながら覗き込み、

「でもさ、あんな景気のいい会社を辞めちゃうなんて、あんた、本当にいい度胸してるよ」

 と続けて、彼はケラケラと大声で笑った。

 剛志が働いていた婦人服の専門店は、この時代の方が遥かに優良企業だと言えた。そのような会社をさっさと辞めて、ミニスカートで一旗揚げたい。そんな剛志の言葉を、小柳氏はなんの疑いもなく信じ切った。

 まだまだ転職だって珍しい。もちろん滅多なことではクビにもならない。会社のため家族のために、定年まで勤め上げるのが当たり前というときだった。そんな時代に自分と同様、会社を辞めて一発勝負に出ようとしている。その辺もきっと、剛志を受け入れ易くした要因だろう。

 ただ一つだけ、いくら考えても答えの出ないことがあった。

 それは初めて、小柳家を訪ねた時のことだ。彼の母親が玄関口に出て、庭なら勝手に入って構わないと言ってくれる。剛志は玄関から庭の方に回って、ドキドキしながら建物の扉をノックした。

 当然、若いながらも知った顔が現れる。そう思っていたのだが、現れたのはどうにも記憶と違う顔だ。年の頃は似通っている。しかしこれ以降の二十年で、知っていた顔になるとはどう考えても思えなかった。

 ――どうしてだ? 俺の記憶がおかしいのか?

 それとも自分が現れたせいで……以前の世界と変化したのか?

 せめて苗字でも違っていれば、当初、共同経営者でもいたんだろうと思えばいい。

 ところが苗字も一緒で、その顔つきだって似ているところもなくはない。

 ――もしかして、兄弟がいたか?

 ふと、下の名前を聞こうと思った。ところがそれを知ったところで、もともと名前を覚えちゃいない。ただそれ以外はなんの問題もなく、ほぼ順調に製品化に向けてスタートできた。

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