第4章  1963年 - すべての始まり 〜 5 常連客と「おかえり」(5)

 5 常連客と「おかえり」(5)

 



 旅館に着いて部屋に入ると、部屋の中央にポツンと小振りのお膳が置かれていた。見れば焼鮭に味噌汁、小鉢に煮物と漬物が載っていて、その横には小さな米びつまでがある。

 はて? と思い、女将を呼んで確認すると、

「こんなものしかできませんが、もしよかったら、お召し上がりくださいませ」

 そう言って、女将が深々と頭を下げた。

 朝食だけ、と言ってあったが、今夜はあんな大騒ぎで気づけば何も食べていない。当然腹は減っていたから、彼はその申し出をありがたく頂戴することにした。

 思えば昔の食事とは、どこの家庭でも多かれ少なかれこんな感じだったろう。

 もう一人の剛志もそうだったが、この時代の子供たちはまず痩せていた。あばら骨がくっきりなんてぜんぜん珍しいことじゃない。腹いっぱい食べてはいても、摂取カロリーがそれほどじゃないのか? あるいはきっと、それ以上に走り回っていたからだ。

 そしてそんなことは、子供だけに限ったことではないのだと思う。

 朝からあちこち歩き回って、いわゆる肥満を見かけなかった。もちろん偶然そうだった可能性はあるが、それだって飲食の幅は決定的に違うだろう。

 牛丼どころか、ステーキハウスなんてどこにもない。

 銀座辺りにはあるのだろうが、なんと言ってもこの時代だ。出入りしようとする人間は限られるし、店の数だって数えるほどしかないはずだ。智子が喜んだハンバーガーショップや、あっちの時代で隆盛を誇っているファミリーレストランもここにはない。あと十年近く経ってからやっと誕生するはずだった。

 幸か不幸か、お菓子だってなんだって二十年後とは大違い。

 剛志はふと箸を置き、隅に置かれている鏡台の前に行く。鏡に顔を映し見て、さらにこの時代で出会った顔々を思い浮かべた。

 もちろん剛志は肥満ではないし、三十六歳の顔にもそれほどくたびれた印象はない。かえってこの時代の同世代より、断然若々しく見えるくらいだ。

 それなのに、なぜか不健康であるような気がした。外見的なものとは別に、目に見えない何かが巣食っている。それが徐々に蝕んでいき、いずれ一気に身体の中で暴れ出すのだ。

 ただ、この時代は寿命だって短いし、何かにつけ不衛生に感じることも多かった。それでもなぜか、ここの人々の方が健康そうに思えてしまう。

 だからと言って、この時代に居たいというわけではもちろんない。会社の休みも今日までで、明日出社しなければ無断欠勤となってしまうのだ。

 さらに言えば、もしもあのマシンがこのまま戻ってこなければ……?

 ――俺はずっと、この時代で生きていくことになる。

 そんな覚悟などまだなかったが、もしそうなったらどうやって生きていくか? くらいのことは、今から考えておくべきだろう。そんなことを剛志は思って、小鉢に残ったたくあん一切れを口の中に放り込んだ。それから再び座り込み、さっき眺めた児玉亭の品書きを思い浮かべる。

 元の時代とこの時代、貨幣の価値はどのくらい違うのか?

 そんなことを意識しながら、彼は今日一日を過ごしていたのだ。

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