第4章  1963年 - すべての始まり 〜 3 長身の男(2)

 3 長身の男(2)




 ところが男は答えるどころか、

「さあ、これで話は終わった。さっさと降りてもらおうか……」

 前を向いたままそう言って、いきなり車のエンジンをスタートさせる。

「ちょっと待ってくれって……せめて、あんたの名前を教えてくれないか?」

 そう訴えても、男は前を見つめたまま微動だにしない。

 結果剛志は、それから一分もしないうちに車から一人降り立った。そして走り去る外車を見送りながら、謄本を戻そうと茶封筒を持ち変える。するとそこで初めて、まだ封筒に何か入っていることに気がついた。逆さまにして二、三度振ると、薄汚れた名刺がストンと落ちる。

 名井良明。たったそれだけ大きくあって、あとはなんにも書かれていない。

 ――いったい何が、どうなってるんだ?

 そんな思いに支配され、剛志は暫しその場に立ち尽くした。


 そうしてちょうど同じ頃、男の乗っていた外車がバスのロータリーに停車する。

 男は車から降りると、最近設置された電話ボックスへ一直線に向かった。クリーム色のボディに赤い屋根のボックスに入って、十円玉を入れると何も見ないままダイヤルを回す。

 するとすぐに相手が出たらしく、男は受話器を握ったまま頭を何度も下げるのだ。

 そんな態度は剛志へのものとは大違い。よほど大事な相手であるのか、その言葉遣いもまるで別人のようだった。

「……はい、病院の方も問題なしです。いえ、元気いっぱいという感じじゃないですが、それでも、それほど混乱している印象はなかったですね。はい……はい……わかりました。それでは、この後も予定通りで……」

 そう言って、男はふた呼吸ほど待ってから、手にしていた受話器をフックに置いた。

 ポケットから煙草を取り出し、ダンヒルのライターで火をつける。そのまま煙をひと息吸い込んでから、男は美味そうに白い煙を吐き出した。

 そうしてようやく扉を押し開け、彼はその電話ボックスから出ていった。

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