第3章  1983年 プラス20 – 始まりから20年後 〜 6 タイムマシンと乱入者(4)

 6 タイムマシンと乱入者(4)




「どうしたの? 大丈夫?」

 智子の声が聞こえて、そこでようやく、剛志は全身から力を抜いた。振り返れば、智子が心配そうな顔をこちらに向けて、その先には庭園の景色もしっかり見える。時間移動はしておらず、数字の色が黒から白に変わっただけだ。

 剛志はホッと一安心。すると現金なもので、急に新たな思いが首をもたげ、彼は迷うことなく智子に告げた。

「お腹、空かないか? 昼飯を食べてから、またここに戻るとしよう」

 たった今見知ったことを、きちんと整理したかった。そうしてから落ち着いた場所で、智子へもしっかり連動する。そう考えたのも確かではあった。

 ただ実際のところ、このまま別れてしまうのが急に惜しくなったというのが大きい。

 未練がましいと思われようが、あともう少し智子と一緒に過ごしたい。このまま彼女が戻ってしまえば、この時代に生きる剛志には二度と接するチャンスはないのだ。だから即座にそう告げて、続けて何が食べたいかと聞いてみた。

 すると一瞬キョトンとなって、智子はそのまま黙ってしまう。

 きっと彼女にしてみれば、昼飯どころじゃないのだろう。帰れるものならすぐにでも、というのが本音であるに違いなかった。

 それでもしばらく考えてから、智子は意外な答えを返すのだった。

「こんな時間だから、お店やってないかもしれないけど、わたし、やきとりが食べたいな……」

「やきとり? どうしてまた? 他に何かあるんじゃない? 寿司とか焼肉とか……、あと、この時代のレストランはメニューが多くて、どれにしようか迷うくらいだし……」

 なんてことを剛志は返すが、智子は即座に首を振った。

「もしも戻れるんなら、二十年後、わたしもこの時代を生きるってことになるでしょ? だったらその時まで、楽しみに取っておいてもいいじゃない? でも、やきとりのことはそういうんじゃなくて、この時代のやきとりがどんなだかわかればね、剛志くんのお父さんに、こんなのはどうって、教えてあげられるなって思ったの。もちろん、わたしの言うことなんか信じてもらえないかもしれないけど、とにかく、何かヒントくらい、見つかるかもしれないじゃない?」

 こんな言葉に、剛志の心は思いっきり震えた。

 はっきり知っているはずはない。それでもきっと、児玉亭が楽ではないと薄々感じていたのだろう。もしかしたら町の誰かから、そんな話を聞いたのかもしれない。

 剛志が小学校の頃までは、それなりの人気店だったのだ。ところが中学に上がった頃から、あの辺り一帯に競合する呑み屋が増え始める。売り上げは日に日に厳しくなって、借金もあった児玉亭の経営状態は決していいとは言えなくなった。

 きっとそんな状態を智子は思い、やきとりのことを言い出したのだ。

 こんなことまで智子に思われ、剛志に「ノー」と返せるわけがない。

 それから二人は駅前まで歩いて、昼間からやっているやきとり屋を探した。

 しかしどこもかしこも夕方から。

 三軒目もやはりダメで、そこで申し訳なさそうに智子が言った。

「ごめんなさい。やきとりはもう諦める。その代わりに、あの時代にはなかったものがあれば、それをぜひ、わたしにご馳走してください」

 そんな言葉に、新宿まで行くか? 剛志は一瞬そう思うのだ。

 しかしそんなことをしてしまえば、彼女の戻りは夜になってしまうだろう。そうなればそれだけ長く、智子の両親はもちろん、あの時代にいる自分が苦しい時間を過ごすのだ。

 剛志は改めてそんな事実を思い出し、己の思いつきをしっかり反省。そうして駅前にあったハンバーガーショップへ智子を連れて向かうのだった。

 ところが予想を遥かに超えて、彼女はそんなところを気に入ってくれる。

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