第3章  1983年 プラス20 – 始まりから20年後 〜 3 止まっていた時

 3 止まっていた時


 


 それからしばらくして、二人は離れにある一室にいた。

 大きい座卓に向かい合い、それぞれ緊張の面持ちを見せ合っている。

 あの時、驚いた顔で振り返った智子へ、剛志はここぞとばかりに言い切ったのだ。

 とにかく話がしたい、怪しい者じゃないから安心してほしいと告げて、彼女をなんとか離れに招き入れた。

 きっと、剛志に会いたいどうこうよりも、知っているという事実が効いたのだと思う。

 少なくとも目の前の男が、別世界の人間ではないくらいには思えたに違いない。それからは、黙って剛志の後についてきて、差し出した座布団の上にチョコンと座った。

「実は、あなたを迎えにいってほしいと頼まれたんです。今日この時間に、あなたがこの場所に現れるから、心配することのないよう説明してほしいと……」

 伊藤にそう頼まれたと告げて、剛志は智子の前に淹れたてのお茶を差し出した。

「実はあれから、少しだけ時間が経っているんです。だから、火事はちょっと前のことですし、本当はこの場所も、火事のあったあの林とおんなじところなんですよ……」

 そう告げた途端、智子はいきなり立ち上がった。驚いて目を見張る剛志に背を向け、そのまま和室に面した窓まで走る。そして窓ガラスに顔を擦りつけるようにして、さっきまで自分のいた辺りに目を向けた。

 しかし、どうにも納得いかないのだろう。

 釈然としない顔で振り返り、それでもしっかり核心だけは突いてくる。

「さっき、わたしが入っていたのって、あそこになんとなく見えているあれ、ですよね? あれっていったい、なんなんですか?」

 なんとなく見えている――とは、まさに上手く言ったものだった。

 それは、近くからではまずわからない。緩やかなスロープもいつの間にか消え失せていて、一見そこには何もないように思えるのだ。

 ところが距離を取ってから眺めると、そこに丸みを帯びた何かがある、という印象を強く受ける。しかしきっとそんなのも、ついさっきまでの経験がなかったならば、目の錯覚くらいにしか思えないに違いない。ただそんなわけで、智子の言いたい意味はすぐにわかった。

 だから正直に、あれが何かはわからないんだと打ち明けてから、

「あなたはあれに、どうやって入ったんですか?」

 と、ずっと気になっていた疑問を彼女に向けて声にした。

 あの日、智子は伊藤を残して、火事現場から一人消え失せる。それから二十年、彼女の生存は確認されず、剛志でさえ死んだものと諦めていたのだ。

 ところがどっこい智子はしっかり生きていた。見ている限りあの頃のまま、何ひとつ変わったように思えない。きっとあの日、剛志が駆けつけた時にはすでにあれに乗っていて、そしてそのまま、冷凍状態にでもされたのか?

 もしかすると、ものすごい速度で宇宙の果てまで行ってきたのかもしれない。その移動速度が光より速ければ、地球での二十年だって数日程度に感じられるらしい。

 確かあれは、〝猿の惑星〟だったと思う。

 宇宙へ飛び立ったクルーたちが不時着した場所、それこそが猿の支配する惑星で、遠い未来に存在する地球だったというオチだ。

 そんな事実が明らかとなるシーンを、剛志はテレビか何かで偶然目にした覚えがあった。

 若かりし頃のチャールストン・ヘストンが、水爆か何かで滅びてしまった人類に向け、強烈なる悪態を浴びせかける。そんな映画でも、クルーたちは冬眠状態になっていたせいで、ほとんど歳を取らないまま未来の地球に帰還した。彼女も同じような理由なら、庭に現れた物体こそが宇宙船だということになる。

 ――伊藤こそが、宇宙人だったのか……?

 智子を自分の星に連れ去ろうとして、運悪く不都合が起きてしまった。それが何かはわからないが、結果、彼は死ぬことになり、智子だけ二十年間どこかへ行ったままとなる。

 つい昨日まで、こんなことを考えるなんて想像さえしていなかった。しかし目の前にいる若々しい智子を思えば、常識的な考えなどで理解できようはずがない。

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