第10話 災厄を払うアイギス


 フォルカがサンドラの話を聞いて狼男たちと戦う少し前、ジンとリーシャの2人はフィオナに呼ばれて、船の甲板に来ていた。



「お二人ともすいません、マザーが少し外の空気を吸うのと一緒に話がしたいと」


「いえ、大丈夫ですよ」


「おう、それよりも事件について何か分かりそうなのか?」


「それはまだ何も手がかりが掴めていません」


 3人が話をしていると、杖で体を支えながらヴァネッサがゆっくりと3人の下へやってきた。



「マザー体調は大丈夫なのですか?」


「…今日は酷いわね…でも皆様にお礼と伝えておきたいことがありまして」



 顔色が酷く、足取りもしっかりしないマザーの横に入り体を支えるフィオナ、マザーもこの騒動を、劇団の責任者の1人として詫びに来たようだ。



「限定チケットを用意してくださってまで来てくださいましたのに、本当に申し訳ございません」


「いえっ、お気になさらないでください!」


「おうとも、なかなかに刺激的だったが気にすることじゃない」


「皆様方は騒動が落ち着きましたら、また好きな時にいらしてください。その時は限定チケット持ちのお客様のように歓迎させていただきます」


「本当ですか!?」



 リーシャは思わず声を挙げる、ファンであるリーシャからすれば天国のような提案である。

 それだけ今回の事件は劇団として大きな失態であるということだ。



「次来るときはフィオナは舞台に出ているといいのだがな…マザーよ」


「…言いたいことがありそうですね?」


「俺の勘だが、フィオナの呪いを判って伝えていないだろ?」


「どうしてそう思ったのですか?」


「本人が気付いてないのにコントロールできるなんて不思議な話だ。誰かが理解して教えないと不可能な話だと思ってな」


「そこまで分かっているのなら言わないのが空気の読める人では?」


「はっはっは! 気になることは聞いておかんとな」



 ジンとヴァネッサは笑い合うが、リーシャとフィオナは置いてきぼりだ。特にフィオナは自分の話なのに全然ついていけていない、自分の呪いの正体をマザーは知ってる?と疑問に思ったが、すぐに話を切り替えようとヴァネッサは話を続ける。



「本題は、以前にお話していた『七神元徳ファディーラ・シエテ』のことですわ」


「何か思い出されたのですか?」


「噂ではありますが、私の生まれの国、クピドゥース帝国が『七神元徳ファディーラ・シエテ』に関した大きな研究をしているというのを思い出しましたです」


「クピドゥース帝国ですか…」



 王国と敵対しており、7代目魔王が出てきてから休戦しており、討伐された今、間もなく休戦関係は終わり王国と帝国の争いが再び再開する日も近いとされている。



「王国を攻める1つの武器としているかもしれませんね」


「大きな話になってきたな」



 個人を追う流れだったのが気付けば帝国全体となれば範囲が大幅に変わってしまう。可能性の話だが帝国全体と戦う可能性があると考えた2人は、さらに頭を悩ませる。

 そこへ黙っていたフィオナがヴァネッサに対して問う。



「マザー…先ほどの私の呪いを知っていると言うのは…」


「ほら…あなたが余計なことを言うからです」


「誰だって自分のことは気になるものだろう?」



 ジンは悪びれずに言い張る。

 ヴァネッサはため息をつき、フィオナのほうを向こうとした時。



「うっ!?」


「マザー!?」



 ヴァネッサが激しく苦しみだした。

 自分の身体を抱きしめながら倒れこみそうになる、フィオナが支えようとするが支えきれずに突き飛ばされてしまう。



「ヴァネッサさん! 休める場所に!」



 急いでヴァネッサを運ぼうとするリーシャとフィオナだったがジンが間に入って止める。



「何をするんですか?」


「様子がおかしすぎる…見るんだ」



ーープシューーー



 ヴァネッサの体から白煙が出始める。それと同時に濁った緑色の魔力も溢れ始める。



「マ、マザー! なんですかこれは?」


「狼男が人に戻るときに似ているな…だが凄い魔力だ」



 白煙の出る量はどんどん増え、濁った魔力もどんどん膨れ上がっていく。



「一旦離れろ!」



 ジンはフィオナを担いで後ろに飛んで退く。その指示を聞いてリーシャも同じようにして距離をとる。



ーーゴゥッ!!



 轟音とともに膨れ上がった魔力が破裂し、辺りに凄まじい衝撃波をまき散らす。甲板にあったものは吹き飛んでいき、白煙の中には1人と1体の影。



「…不味いな」



 ジンはうっすらとしか見えないが、とんでもない魔力圧を感じて状況の不利さを感じる。

 多くの劇団員と警備員がいる船の上という場所で、フィオナという非戦闘員がいる状況、ジンの額に汗が流れる。


 辺りを軋ませるような魔力圧を放ちながら、白煙の中から出てきたのは


 呪いの刻印のようなものを全身に広げて笑っているヴァネッサと全長7mほどある巨大なカエルが鎮座していた。



「フィオナさん安全な場所へ!」


「お母様…」


「はやくっ!」



 フィオナはリーシャに言われるがまま俯きながら甲板から急いで離れようとする。



「あら…呪いのことは聞かなくていいのかしら?」



ーーピタッ



 上機嫌に笑いながら放たれたヴァネッサの一言に、フィオナの足が止まってしまう。



「今の歌姫は正気じゃない! 話を聞くなフィオナ嬢!」



 足を止めたフィオナに対してジンは叫ぶ。

 ジンの叫びを聞いたヴァネッサは不快そうに顔を歪め、後ろのカエルの足をトントンッと叩いてから言い放った。



「”吹き飛びなさい”」



「ぐぉっ!?」


「きゃっ!!」   



ーーガシャァァァァン!



 ヴァネッサの一声でジンとリーシャは突然のように甲板の壁際まで吹き飛んでいく、凄まじい音を立てて吹き飛ばされる2人を見てヴァネッサは再び上機嫌に笑う。



「ふふっ…さぁこれで親子だけでゆっくり話ができそうね」


「お、お母様」



 不思議と足がまったく動かない、リーシャは自身のことが気になる興味と目の前の変わってしまったヴァネッサへの恐怖、2つの感情に支配されていたが、そんな顔を見てさらに機嫌が良くなったのか、愉快に話を始める。



「貴方に刻まれたのは私とまったく同じ呪い…名前を『悲魂に響けアフェクシオン・流星歌カトル』と言うわ」


「……『悲魂に響けアフェクシオン・流星歌カトル』」


「えぇ…その呪いを持つ者の声は、制御できていないと聴いた人の脳と耳を少しずつ破壊するわ」


「えっ?」


「私に引き取られる前、貴方がずっと1つの部屋に隔離されていたのは、貴方の声を聞いてしまうと悪影響が出てしまうからよ」


「わ、私の声が…」


「私が引き取ってからは、私が経験したようなトレーニングで日常会話は出来るようになったけれど、その程度で歌いたいなんて笑わせるわ!」


「毎日の特訓は…」


「あんな特訓のせいで、私の耳と脳はかなりダメージを負ってしまったわ! いくら自身と同じ呪いだからって面倒を見すぎたのよね」


「マザーの体調が悪くなったのは…私のせい?」


「そうよ…だからその分の負債、カエルこの子の餌になってちょうだい」



 巨大なカエルが口を開き、長い舌がフィオナに向かって伸びていく。



ーーガシャァンッ!



「させん!」



 壁をぶち破って吹き飛ばされていたジンが刀に青黒い魔力を纏わせながら飛び出す。狙いはカエルの下のようで狙いを定めている。



「”沈みなさい”」



ーーズシャァァン!



「ぐぉぉ!?」



 ジンの体がヴァネッサの一言で甲板の床に激しく叩きつけられる。床が軋むほどの力で押し付けられているジンは身動きがとれないようで、起き上がれない。



「『悲魂に響けアフェクシオン・流星歌カトル』は制御出来れば、どんな音よりも自分の声を人に届かせるものだけれど、カエルこの子が居ればこんなことが出来るのよ」


「まだ…終わってませんよ」



 吹き飛ばされて空いていた、もう1つの場所からリーシャが出てきた。左手の盾は薄く光輝いている。



「あら…まだいたの? ”沈みなさい”」


「っ! 『星空領域スターリーヘブン・魔雲盾ジ・アイギス』!」



 リーシャの盾が輝きを放ち、輝く星空のような魔力のベールがリーシャとフィオナを包み込んでいく。


 

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