第13話 踊りすぎた代償


 『虚飾ヴァニタス』の力を使って、制圧できたと安心し、魔術を使用するために準備しているだろう部隊を探しに行こうとするフォルカに向けて一筋の剣閃が迫る。



「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「なっ!」



ーー間に合わないっ!



 多少斬られることを覚悟して、咄嗟に両手を交差して前にだして身構えるフォルカ。


 だが、その剣閃はフォルカを斬り裂く前に、フォルカの目の前で起こっている、歪んだ空間によって止められていた。



「”歪んだ壁”にゃ~、おバカ、油断しすぎにゃ」


「悪い! 助かったロロ!」


「くっ! 魔術行使が速い!」



 ロロにお礼を言いつつ、痛む体に鞭を打って後方へ飛ぶフォルカ。茶髪の女騎士も、態勢を立て直すためか後ろに退いた。



「本気で斬り殺しに来やがった……あんたらに躊躇いなんてないんだな」


「魔族の味方が何を言う! 街のみんなのため! 騎士リーシャ、貴方方をここで討ちます!」


「街のみんなって、俺たちは街に何もしてないだろうが!」



 そう言いながら、リーシャと名乗る騎士が細剣らしきもので攻撃してくる。


 ロロが何も反応してないってことは、俺だけでも戦える敵ってわけか? 体が痛いから出来れば助けてくれないかなって思うんだけど、この女騎士速いっ!



「貴方たちは街を襲撃するのでしょう? 何故そんなことをするのです!?」



 的確にフォルカの急所を狙いながら、攻撃の手を止めないリーシャ。見事な細剣とバックラーのコンビネーションだが、逃げ回って生きてきたフォルカのほうが少しだけ上手の状況。



「んな嘘、誰が言ったんだよっ! ただ平和に生きたいだけなのに!」


「平和に生きるっ? 魔族がそんなことしていた歴史などありません!」



 リーシャが剣を振るい、フォルカが懸命に避け続ける。この構図は変わらず、ずっと剣を振るい続けているリーシャに焦りの色が見えてきた。



「そうやって歴史歴史って! 今を生きてる魔族に押し付けるなよ!」


「現に攻撃を仕掛けてきたじゃありませんかっ!」


「俺が、お前らの内1人でも殺したかよ!?」


(…誰も殺してはいない)



 そう想ったリーシャは一瞬剣を止めてしまう。

 それの隙をロロは見逃すはずもなく。



「2人ともしゃべりながらで、しかも長いにゃ、”弾ける魔弾”」


「きゃっ!」



 ロロが放った魔弾で、リーシャの持っていた剣が後方にはじかれる。

フォルカは助かった~という表情で、ロロに片手をあげてお礼の意を示す。



「確かに魔族は過去、色々やってきたと思うけど……違う生き方を望む魔族だっているんだ」


「街を襲うって言うのは……」


「そんなの嘘にゃ~、それより魔族を捕らえて何するつもりにゃ?」


「捕える?…何を言っているのですか?」


「魔族を生贄にして魔術を使うんだろ? 聞かされてないのかよ」


「そ、そんなことお父様がするはずありませんっ!」



 3人が会話をしているとき、空に3色の魔術弾が音を立てて空に打ちあがる。


ーーバァァン!



「…お父様の魔術使用の合図…」


「なっ! くそ! 急がないと間に合わない!」


「にゃ~、真実も確かめずに吠えるのは滑稽にゃ」」



 先走って、魔術弾の方向へ1人走り出してしまったフォルカを追いかけず、ロロはリーシャに問う。剣を手放してしまったリーシャは、この魔術の使い手に敵うとはさすがに思わず、黙って話を聞くことにした。



「フォルカは言った通り、誰も殺さずに…両軍に被害を出さないように頑張ってるにゃ、あれを見ても嘘を言っているように見えるにゃ?」


「……本当に…お父様が生贄の魔術を?」


「最近、お父さんの近くに変な仮面をつけた奴がいにゃいかにゃ?」


「な、何故それを……2月ほど前から、お父様の魔術の補佐と言う名目で仮面をつけた人物が、常にお父様の近くにいた」


「にゃ~、間に合わないかもしれないにゃ~、ほらっ! 自分も来て、お父様のすることを止めるにゃ」


「もし、本当に生贄の魔術を使用するなら……そうですね、味方になる訳ではありませんが、私も向かうとしましょう」



 あの誉れ高きお父様がそんなことを、と思うリーシャだったが、仮面の人物のことを言われては疑ってしまうし、魔術の補佐なので、大掛かりな魔術をするのは確かだ。

 いくら父でも、命を犠牲にするような魔術を使用さえるわけにはいかない、そんな想いを胸にリーシャも魔術弾の打つ上がった方向へ向かった。










ーーエルフリッド領内遺跡南近辺・エルフリッド軍本隊



 森の中、大きく開けており、木も生えていない場所に巨大な青白く光る魔法陣が1つ。

 魔法陣の中に、特に怯える様子もなく、ただ座っている魔族と狐の仮面に黒いマントという人物がいた。



「さぁ…貴方たちの家が、もうすぐ手に入ります! 領主ティミド様への祈りと魔力を捧げるのです!」


「「「「「「「はいっ!」」」」」」」



 50人はいるであろう、様々な種族のいる魔族たちが一斉にブツブツと祈り始める。



「立派な遺跡を俺たちの隠れ家にしてくれるなんてっ! あぁ~ティミド様ぁ!」



 ボロボロの格好で、立派な2本の角も折られている鬼魔族が。



「他の国で殺されるだけだった私たちに、こんな楽園を与えてくださるなんて!」



 皮膚は火傷の跡が酷く目立ち、髪もボサボサな蛇魔族ラミアが。



「隠れ家に加えて、当分の食料までくださるなんて! なんて器の広い方だ!」



 自慢の毛は、何か所も毟り取られた跡があり、牙もかけている狼魔族が。



「「「「「「「ティミド様に栄光あれぇぇぇぇぇ!」」」」」」」



 そんな魔族の集団が祈りと魔力を捧げている魔法陣から少し離れた、テントの中から、王国騎士のマークが刻まれた赤いマントに、白銀に輝く重鎧を纏ったティミドが出てきた。



「ふむ……顔が見えるように兜はいらぬな…それにしてもなんだ? あれは?」



 自分の名前を叫びながら、魔力を捧げている魔族たちを奇妙に思いながら、魔法陣から出てきた仮面の人物に近づいていく。



「私の名前を叫ばせる意味があるのか?」


「えぇ…魔力と同時に、ティミド様への信仰心も必要なのです」


「そんなものか…」


「えぇ……後は手筈通りにございます」



 わかったと言って、魔法陣の中へ入っていき、中央にむけて歩いていくティミド。魔族たちからは歓喜の声があがる。



「ティミド様ぁぁぁ! 万歳ぃっ!」


「我らが救世主様に祈りをっ!」


「ティミド様に栄光あれぇっ!」


「ふむ…さぁ貴様ら! 遺跡に蔓延る魔物どもを討伐するには、もっと魔力が必要だっ! すべてを捧げよ!」



 魔法陣の中央に到着し、魔術発動のため事前に言われていた言葉を、魔族たち全員に聞こえるように叫んでいく。

 青白く光っていた魔法陣が、魔族たちとティミドの魔力を吸い、どんどん輝きを増していく。その様子を見て、ティミドの高揚感も増していき、セリフに力が入っていく。



「貴様ら、すべての魔力と信仰心を! ともに敵を討ち滅ぼすのだぁぁ!」


「「「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」」」



 ティミドも自身の魔力を空にする勢いで魔力を陣に注ぐ。



(…? なんだ? 少し胸が苦しくなってきていないか?)



 魔力を失っている疲労とは、まったく違う、かすかな胸の痛みを感じるティミド。ここまで来て途中で止めるわけにはいかないと、魔力を注ぎ続ける。

 だが胸の痛みは、どんどん大きくなっていく。さすがに仮面の人物に声を状況を確認しようかと思ったのだが…。



(こ、声が出ぬ! か、体も動かぬ!? 何故だ!?)



 さすがにおかしいと思い、見える範囲の魔族たちを見てみるが、全員祈りを捧げる格好は変わらないが、苦悶の表情を浮かべている。

 涙を流し、祈りを捧げる格好をしながら、ティミドのほうを向いている魔族は、絶望の表情をむけて、助けを乞うような視線をむけている。



ーーパリンッ



 ティミドの頭の中で、硝子の割れるような音が響く。


 胸が苦しく動けない中、硝子の割れるような音が頭の中で響いてから、何故だか頭がスッキリとしていく。

 


(あぁ……どうしてだ? 何故こんなことに? ただ誰からも称えられる英雄になりたかっただけだった……のに?)



 自分の想いだったはずなのに…疑問に思ってしまう。誰からも称えられる英雄? 自分はそんなことを考えていたのか…? 私が夢見ていたのはなんだ?



(エルフリッドの民や家族に…誇りをもってもらえる領主ではなかったのか?)



 何時から…自分の夢は変わっていた? 英雄になりたいと思ったことが無いわけではない。王国に認められるため、領主になるために、自信の武勇伝を、少し大げさに話をし、英雄を目指すなんて若い時に言った記憶はあるが…。



(何故? こんなことに? ……あぁ…リーシャよ、逃げるのだ)



 戦場に出てきている、最愛の娘の無事を祈り、ティミドの意識は失われていった。













「ふふっ……欲望をつついてあげただけで、あそこまで踊るとは」



 狐の仮面を被った人物は笑う。

 その周囲には気絶しているエルフリッドの兵士たち、最後の仕上げだと、魔術陣に両手をむける。


「今回は成功するかな?……『七神元徳ファディーラ・シエテ』」



ーーバチバチッ!



 輝きを増していた魔法陣に稲妻のような魔力が走り出す。

 


「さぁ……現れなさい! 『信仰ルリジオン』」



 その言葉と同時に魔術陣から青白い光が天にむかって伸びていく。

その光が収まると……空には大きな影が1つ。












(……間に合わなかったか)



 ムブルグは遺跡の東側にいた兵士たちを全員気絶させ、怪しい予感がした場所に向かった、途中で3発の魔力弾が向かっている方角から空に打ち上げられたので急いで来てみたが…。


 ムブルグの眼前にいるのは。


 6枚のボロボロになっている巨大な翼、2本の両手には巨大な斧が握られており、全身赤黒く、下半身は何故か赤黒い炎で燃え続けている10mほどはありそうな、天使のような外見の化け物が空に浮いていた。



(……とんでもない魔力圧だ)



 凄まじい存在感、おぞましい量の魔力をムブルグは感じていた。

相棒でもある重鎧も、久々の圧にキシキシと音を立てているような気がしてしまうほどに……正面にいる黒い天使からの圧に耐えていた。



「アァ……ァァァ………ァア…」



 ムブルグがどのように仕掛けようか考えたその時。

 黒い天使がムブルグの姿を捕らえ…目線が合う。



「っ! 剛靱鬼肌っ!」



ーーズガァァァァァァァァンッッ!



 ムブルグの気付かぬ前に目の前に移動していた黒い天使は、ムブルグに向けて右手に持った斧を勢いよく振り下ろしていた。



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