56作品目

Rinora

01話.[見れば分かるわ]

「ほら、寝ないと」

「ああ……」


 父は帰宅するといつもこんな感じだった。

 業務や人間関係でのストレスがあるのか沢山お酒を飲んで潰れるまでがワンセット。


「……母さんは?」

「リビングで煎餅を食べてるよ」

「そうか、まあ、ほどほどのところで寝るように言っておいてくれ……」

「それは父さんだよ、おやすみ」

「ああ……」


 リビングに戻るとお尻を掻きながら煎餅を食べている母がいた。

 もう二十一時を過ぎているというのにいいのだろうか?


「あ、基弘もとひろおかえりー」

「うん、あんまり夜ふかししないで寝るようにって父さんが言ってたよ」

「はは、お父さんは早く寝るから説得力はあるね」


 近くに座ってテレビを見る。

 ただ、ドラマだから途中から見てもさっぱり理解ができなかった。

 もう入浴も済ませているから部屋に戻ることにしようとすぐに決める。


「おやすみ」

「おやすみー」


 電気を点けないままベッドに寝転んだ。

 真っ暗な部屋の天井を見てぼうっとする。

 土日が終われば当然学生の自分としては学校に通わなければならないわけで。

 なんとなく気分が悪い方へ傾いていくのを感じていた。

 いやまあ、別に苛められているとかそういうことではない。

 友達だって同性と異性どちらもいてくれているわけだし。

 けど、なんとなく学校という場所が好きになれないんだ。

 ――なんてことを考えつつゆっくりしていたらいつの間にか朝だった。

 次の日が当たり前のように訪れるというのは普通に嬉しい話だ。

 だって明日を迎えられないということは死んでしまっているということだから。


「おはよう、もう行くの?」

「ああ、今日も早いからな」

「気をつけてね」

「基弘もな、それじゃ」


 誰よりも遅くに帰ってきて、誰よりも早く家を出ていく。

 できれば夕方に帰れるような会社に勤められればいいな、そんな風に思った。

 母が起きてくる気配が感じられなかったから今日は家事をやっておくことに。


「おはよー……」

「おはよう、作っておいたから」

「ごめんね」

「気にしなくていいよ」


 ご飯を食べたら準備を済ませる。

 でも、いまから行ったら気合が入りまくりだからゆっくりとすることにした。


「あれ、額が赤いけど大丈夫?」

「あー、さっき転んじゃって……」


 どうやら慌てていたらベッドから下りる際にそうなったらしい。

 朝は苦手なんだから無理しなくていいと言ったら逆に残念そうな顔をされてしまった。

 こちらとしては役立たずなんて言っているつもりはないが、母からしたらそのように感じてしまったということなんだろうか?


「私は専業主婦だからやらないといけないのに……」

「協力するよ、専業主婦だからって絶対にひとりでやらなければならないなんて法律はないんだからさ」


 僕なんて学費なんかも払ってもらっている身だ。

 高校の決まりでバイトができないからお金を返すことはできないものの、そういうところで手伝うことぐらいはできる。

 そういうのもあって部屋に父を運んだりするのも積極的にしているというわけだ。


「あ、行ってくるね」

「気をつけてね」

「うん」


 幸い、学校までは近いから事故に巻き込まれようがない。


「おはよ」

「おはよう」


 学校近くのところで唯一の異性の友達である堀井佐奈さなに追いついた。


「足音が急に近づいてきたから驚いたわ」

「ごめん、背中を見つけたらつい追いたくなってね」

「ストーカーね……」


 それは違う、友達だからあっとなって追いかけてきただけだ。

 ただ残念な点がひとつある。


「なんで僕らは別のクラスなんだろうね……」

「そういうものでしょ」

「まあそうなんだけどさ」


 あと男友達である林田まるだって彼女と同じで別のクラスなわけだし……。

 つまり教室ではひとりぼっちだということだ。

 まず間違いなくそういうところが影響している。


「佐奈、丸と仲良くできてる?」

「いや、あいつを目の前にすると上手く話せなくなるのよ」

「恋する乙女そのものだね」

「一応、女だからね……」


 そして佐奈が丸のことを好いているというのもそこに繋がっているのかもしれない。

 傍からというか近くにいる僕から見ても両思いな感じがするのに進展しないからなのもある。

「もう付き合っちゃえよ……」と言いたくなるような焦れったさを見せつけてくれるのだ。


「また今度協力してもらうかもしれないわ」

「任せて、丸を連れてくるぐらいなら僕でもできるから」

「悪いわね……」

「気にしなくていいよ」


 三人で仲良くしてきたから寂しさはもちろんある。

 だが、だからって邪魔したいわけではないのだ。

 その中のふたりが上手くいきそうなら自分のことではなくても嬉しいというもの。


「こんなこと言われても困るだろうけど、あんたはひとりで大丈夫なの?」

「……ときどきでもいいから来てくれるとありがたいです」

「それは変わらないわよ、私達は友達じゃない」

「そっか、それなら大丈夫だよ、……大丈夫だと思いながら過ごすよ」

「ははは、心配しなくても行くわよ」


 彼女と別れて友達が誰もいない自分の教室へ。

 まあまだこの教室が賑やかなのが救いだろうか?

 とにかくトラブルなんかが怒らなければいいなとそんな風に思った。




「基ー!」

「わっ、危ないよ……」

「まあまあっ」


 救いなのは丸もちゃんと来てくれるということだろうか。

 彼はよく「佐奈ちゃんを独占するつもりはないからね」と言ってくれている。

 僕的には彼と違って佐奈の気持ちを知っているからそこは是非とも独占してほしいと思う。


「今日は一緒にお出かけする約束だったよねっ」

「うん、佐奈も一緒にね」

「それなら早く行こうっ」


 佐奈と同じクラスなんだから一緒に来てくれればよかったのにとは思いつつも口にせず。


「あ、基弘といたのね」

「うんっ、ほら早く行こっ」

「ちょっ……あ、焦らなくていいわよ」


 結構暑くなってきたからアイスを食べに行こうとしていただけだ。

 何気に手を掴んだままの丸を見て帰るべきかどうか真剣に悩んだ。

 丸のことを考えてじゃない、丸のことを考えて行動するならここに残るべきだ。

 だけど佐奈からすればこれはもうデートと言えてしまえる行為で。


「いたた……」

「ん? どうしたの?」

「ちょっとお腹が痛くなっちゃって、トイレに行かなければならないから行って――」

「じゃあ待ってるねっ」


 駄目だ、佐奈には悪いけどこれは行くしかない。

 それでも一応トイレに行ってから出てきた。

 いまもなお手を握っているのはどういうつもりなのか聞いてみたくなる。


「着いたよっ」

「見れば分かるわよ、基弘は何味がいいの?」

「チョコかな」

「分かったわ」


 アイスを受け取って目の前に設置してあったベンチに座って食べさせてもらう。

 うん、普通に美味しい、どの味でも美味しいからお得な感じがする。


「佐奈っ、ちょっと交換しようよっ」

「べ……つにいいけど」


 頑張れ佐奈、丸相手だと積極的にいくしかないぞ。

 多分、少しのアピールじゃ彼にとっての友達の範疇を超えられない。


「基もほらっ」

「ありがとう」


 平等に扱ってくれるが佐奈からしたら苦しいだろうな。

 僕ではなく違う異性といてもこのように振る舞うんだから。

 もう付き合っちゃえよと言いたくなるところではあるが、これを見ていると言えなくなる。

 彼の中にそういう感情があるようには見えてこないからだ。

 矛盾しているが両方にそういう気持ちがなければ駄目なんだ。


「美味しかったっ」

「そうね」

「だね」


 僕的にはここで解散でもいいし、まだどこかに行きたいと言うのなら付いていくつもりだ。

 さ、丸をどのように選択するのか。


「あ、この前佐奈ちゃんに似合う可愛い服を見つけたんだっ、一緒に来てっ」

「え、あ、ちょっ」

「基もだよっ、ほら早くっ」


 着いたお店の中で彼がすぐに服を持ってきた。

 確かに可愛かった、佐奈ではなくても似合う子は沢山いると思う。


「もうすぐ佐奈ちゃんのお誕生日だからこれを買おうかなっ」

「ちょ、ちょっと待ちなさい、これは高いからやめた方がいいわよ」

「でも、普段からお世話になっているわけだからさ」

「そんなこと言ったら私なんてもっとお世話に……」

「あ、それとも他になにか欲しい物でもあるの?」


 聞かれてもすぐに出ることではないだろう。

 そりゃ欲しい物なんて人間は沢山ある。

 でも大抵は値段などの問題で諦めることの方が多いわけだ。

 それに気軽に返せるような人間でなければ高価な物を貰いづらい。

 そもそも、気軽に返せるのであれば自分で買うだろうからね。


「丸、まだ時間があるから待ってあげなよ、どうせなら佐奈が欲しい物をあげたいでしょ?」

「それもそうだねっ、自己満足になったら駄目だから」

「だけどそれが佐奈に似合うと思ったんだよね?」

「うんっ、可愛い佐奈ちゃんがこれを着たらもっとよくなると思ったんだ!」


 彼の真っ直ぐさはときどき眩しく感じるときがある。

 そしてこれは僕なりのサポートだ。

 待っているだけじゃ変わらないから自信を持って佐奈に行動してほしい。


「……待ちなさい、今日はもう帰るわ」

「あ、うん、じゃあ帰ろうか」


 購入しないのに店内で騒いでいるわけにはいかない――というか、そもそもお店の中であまりお喋りばかりをするべきじゃないから退店。

 彼女は何故かこちらを盾にするかのように帰りは歩いていた。


「基、嫌われちゃったかな?」

「違うから安心していいよ」

「なんで基は分かるの?」

「僕らはずっと一緒にいるんだよ? 少しぐらいは分かるよ」


 本人から気持ちを聞いているのもあるから少しずるいかもしれないけど。

 だけどさ、もしその気がないのにこの振る舞いをしていたのだとしたら丸が怖いよ。

 みんなにとっていい人というのは恋した側からすれば絶望とかまではいかないまでも苦しいことには変わらないから。

 まあ丸からしたらそうしてずっと生きてきたわけなんだからなにか言われる謂れはない。

 そこがまた難しいところだった。


「佐奈」

「……大丈夫よ、ありがと」

「ううん」


 場所的に佐奈の家の方が近いから家の前で別れた。


「基、本当に嫌われたわけじゃないんだよね?」

「大丈夫」

「ならよかった、佐奈ちゃんに嫌われちゃうのだけは嫌だから……」


 佐奈だから、ではないんだろうなあ。

 関わった人からとにかく嫌われたくないという気持ち、だけだと思う。

 林田丸という人間はそういう人間だ。


「あれ、僕は?」

「基からだってそうだよ、いつまでも仲良くしていたいから」


 結局、僕にできることはなにもなかった。

 偉そうに気軽に可愛いとか言うのはやめろとか言えないし。

 余計なことは言わずに見ていることに専念しようと決めた。

 まあすぐに余計なことを始めそうだけどと内で呟きながら帰った。




「なんなのよあいつぅ……」

「まあまあ」


 夜に呼び出されて出てきていた。

 夏ということもあって生温い空気が僕らを包む。


「怖いわよね、好きでもないのにあんなのがぽんぽん出るんだから」

「友達としてはそれはもう大好きなんだろうけどね」


 一緒にいる限りはずっとあんな感じだ。

 彼女が丸はそういう人間だと割り切るしかない。


「そういえばあんたはどうなの? 好きな子とかいないの?」

「うーん、異性の友達である佐奈が丸に取られちゃっているからね」

「残念だけど私が好きなのは丸だから……」

「分かってるよ。あと、恋そのものには興味があるよ」


 仲良くして、付き合って、結婚をする。

 両親がそうしてくれたからこそ僕はいまここにいられているわけだ。

 だから結婚とかはまだどうでもいいから異性と付き合ってみたりはしたかった。


「誰でもいいわけじゃないわよね」

「そうだね」


 ただ異性だからというだけでそういう目では見られない。

 向こうもまた同じ――どころか、色々細かく厳しくチェックしてくることだろう。

 そういうのもあって興味を抱くぐらいで留めておく方がいいのではないだろうか? なんて正当化しようとするときもある。


「丸に振られたら付き合ってあげるわ」

「じゃあ振られないことを願っておくよ、親友に悲しい顔なんてしてほしくないし」

「はは、そりゃ私だって振られないのが一番よ」


 時間も時間だから彼女を送るために歩き出す。


「……私はあのやかましいぐらいの無邪気さとあいつの綺麗な目が好きなのよ」

「純粋無垢な感じだよね、僕にはない真っ直ぐさもある」

「別に基弘だって悪いわけじゃないわ」

「それはどうもありがとう、僕にも優しくしてくれるなんて優しいね」

「当たり前でしょ、あんただって大切だからね」


 家の前で彼女と別れてひとり帰路に就いた。

 可愛いと高頻度で言われる彼女のことを考えると大変そうだという感想しか出てこない。

 もちろん嬉しくはあると思う、気になる異性から可愛いなんて言ってもらえているんだから。

 でもまあ、それと同じぐらいの恥ずかしさやもどかしさなんかもあるだろうしね。


「ただいま」

「おかえりー」


 恋する乙女をしている佐奈と比べてこの母は……。


「食べるなら座って食べなよ」

「ま、まあまあ、転んで食べると楽でいいよ?」

「口の横についてるよ」

「……分かったよ」


 父はまだ帰ってこられていないと。

 七時頃に出て二十時ぐらいになっても帰れないって大変だ。


「ただいま……」

「おかえり」


 いつでもボロボロで見ていて不安になる。

 肩を揉もうかと言っただけで嬉しそうな顔をしてくれるのもね。


「ああ……」

「忙しいの?」

「ああ、最近は特にな……」


 それならこれで少しぐらいは回復してくれればいいけど。

 僕が稼いでいようが勤め先は変わらないだろうから意味のない話になる。

 と言うより、母が専業主婦でいられるぐらい稼げている場所だから余計にね。


「ありがとな、もうゆっくりすればいい」

「いやいいよ」

「いいから、ゆっくり休んで明日また元気に学校に行け」


 そりゃまあ風邪を引かない限りは行くけども。

 戦力外通告を受けてしまったからささっとお風呂に入ってしまうことにした。


「丸はどう考えてるのかなあ」


 それすらはっきりすればもっと積極的に動ける。

 余計なことを言わない方が極力いいが、あれを見ているとどうしてもね。

 リビングに戻ったら既に数缶飲み終えている父と煎餅大好き母がいた。


「父さん、それぐらいにしておかないと」

「ああ……風呂に入ってくる」

「危ないよ」


 先に入らせた方がよかったな、何故自分が入ることを優先したのか……。

 とりあえずは飲みすぎないように缶を取り上げといた。


「母さん、父さんを見ておいてよ」

「んー」


 やれやれ、また後で来るからと残して部屋へ。

 今日もまた電気を点けずにベッドに寝転んでいた。

 この時間が好きだ、視覚に頼らないこの時間が。


「基弘ー、丸ちゃんが来たよー」


 だからこそ聴覚というのは過敏になるもので。

 あとは単純に好きな時間というのはなにかに邪魔されやすいというもので。


「どうしたの?」

「……家出してきた」

「え」


 なんで急にと困惑している間に丸は二階に上がってしまった。

 扉が閉じられる音も聞こえてきたから僕の部屋に入ったんだと思う。

 仕方がないから飲み物を持って部屋に向かうと布団が山みたいになっていた。


馨子かおるこさんと喧嘩しちゃったの?」

「ううん……お父さんと喧嘩した」


 なんでそんなことに……。

 彼は基本的に誰とでも仲良しだ。

 そして彼のご両親である馨子さんや伊吹いぶきさんとは特に仲良くしていたのに。


「理由は? 言えないなら別にいいけど」

「……僕の買ってきていたプリンを食べた」


 ぶふっ、そんな女の子じゃないんだからさっ。

 そうツッコミたくなったのを我慢していまから買いに行く? と聞いてみた。


「いいの……?」

「うん、食べたいなら買いに行こう」

「じゃあ行く……」

「それならそのまま自宅にもね」

「……分かった」


 ふぅ、なんとかなりそうだ。

 コンビニで好みのプリンを買って嬉しそうにしていた。


「じゃ、ちゃんと話し合うんだよ?」

「うん、ありがとう」

「うん、じゃあまた明日ね」


 理由が可愛い感じのやつでよかった。

 帰りはそこそこ軽い気持ちで帰ったのだった。

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