安楽庵探偵事務所 〜お客様は命日です。〜

かなたろー

ラストバトル

第1話 勇者ご一行と看板娘

 勇者は魔王の城の中にいた。魔王の玉座の部屋の前にいた。

 このドアを開ければ、最終決戦だ。


 勇者は選ばれしスキルを持っていた。

 そのふたりの仲間、武闘家の娘と、エルフの魔道士も、選ばれしスキルを持っていた。

 そして、最後のひとりの斥候スカウトの青年は、今回、所用で参加できなかった。代わりに助っ人として、街の公益ギルドのアイテム鑑定所の受付嬢が参加していた。


 彼らの能力を説明しよう。


 まずは、武闘家の娘。名前はタツミ・イヌウシ。冒険者レベル47。装備は武闘着。武器は素手。選ばれしスキル名は、〝四墓土局タイムズスクエア〟。致命的ダメージを負った際、心肺停止の4秒前から一切の痛覚が遮断され、全ての能力が4倍になる。まるで消える前のろうそくの炎のように、美しく散る能力だ。そのままだと、決して強い能力ではない。


 しかし、エルフの魔道士がいた。名前は、ホクト・ノースポイント。冒険者レベル48。装備はローブとブレスレット。武器はロッド。選ばれしスキル名は、〝魁罡マイウェイ〟×4。

 特定の装備品に、推命アビリティをエンチャントして、特定の条件で強制発動させる。


 そう、ホクト・ノースポイントの〝魁罡マイウェイ〟と、タツミ・イヌウシの〝四墓土局タイムズスクエア〟とのシナジーがトンデモナイのだ。

 ホクト・ノースポイントは、タツミ・イヌウシの武闘着に、〝魁罡マイウェイ〟を使用して完全蘇生魔法をインプットしていた。発動条件は、タツミ・イヌウシの〝四墓土局タイムズスクエア〟発動。


 これにより、タツミ・イヌウシは、〝四墓土局タイムズスクエア〟を、ノーリスクで使用することができた。しかも最大4回! 確実にオーバーキルのスペックだ。


 とはいえ、魁罡マイウェイはとても汎用性がある選ばれしスキルだ。


 武器に攻撃力強化をエンチャントすれば、武器の威力が倍増し、防具に防御力強化や、属性攻撃無効のエンチャントすれば、大抵のモンスターの攻撃を無効化する。

 敵の事前情報さえ入手すれば、ほぼ封殺を可能にする。


 そして、敵の情報入手は、今回は欠席している斥候スカウトの青年、イツキ・ケブカワの選ばれしスキル、漆黒名刺ワイルドカードが役に立つ。

 昔ながらの製法で作られた松煙墨しょうえんぼくを溶いた墨汁で、無地の名刺に〝肩書き〟を書くことで、その〝肩書き〟を、一泊二日でレンタルすることができる。ただし、レンタル相手には、相応の〝報酬〟を用意する必要がある(割高な〝延長報酬〟を支払えば延長も可能)

 求められる〝報酬〟は人による。人の価値観によって変化する。理想の恋人だったり、嫌いな人間の失墜だったり、シンプルにお金だったり。イツキ・ケブカワは、それらを事前準備して、相手に〝支払う〟事で、〝肩書き〟を強制的にレンタルできる。そしてこれらの〝報酬〟は対象の無意識下で行われる。イツキ・ケブカワから受け取ったことを理解できない。「なんか知らんけどラッキー」と思うだけである。


 漆黒名刺ワイルドカードの対象者は、NPCに限られるが、むしろそこが強力だった。


 イツキ・ケブカワは、魔王の側近になりすまし、魔王の能力、具体的には攻撃方法を出来る限り勇者ご一行にリークした。そして、最終戦には自分より最適な人材がいると判断し、助っ人にアイテム鑑定所の受付嬢を選んだのだ。


 鑑定所の受付嬢の事は一旦横に置いて、勇者の話をしよう。


 勇者の名前は、テンセン・チチュウ。冒険者レベル33。装備は軽装の鎧。武器はバスタードソード。一見どこにでもいる普通の少年だった。

 だが、彼の選ばれしスキルは、それはもう、とんでもなく選ばれしスキルだった。


 選ばれしスキル名は、七殺七冲ふんだりけったり。自分と最も相性の悪い人物。(全60タイプに分類できる性格のうち2種類が該当する)に、理不尽かつ屈辱的な被害に遭うことで、〝幸運値〟を得ることができる。そして〝幸運値〟を任意に消費することで、クリティカルヒットや、神がかり的な危機回避行動をとることができる。


 そして最大のポイントは、理不尽かつ屈辱的な被害あたえてくる加害者を、〝心から愛する〟ことであった。

 要するにこのパーティーは、真性ドMの勇者と、真性ドSのヒロインの絶妙な三角関係の強烈なシナジーによって成り立っていた。


 テンセン・チチュウの現在の〝幸運値〟は、最大値の60。対象は二人いるが、それぞれ上限MAXの60。三人は、昨夜の宿屋でなかなかに複雑なプレイをお楽しみだったようだ。


 さて、ここまで説明すればお分かりかと思うが、この勇者ご一行は、実質的には三人パーティーだ。四人目はあくまでゲストキャラクターだ。

 三人の勇者ご一行は、選ばれしスキルと、トンデモないシナジーで、数えきれない無双を行い、数えきれないピンチ(痴情のもつれ)を乗り越えて、魔王の扉の前にたどり着いたのだ。


 で、最後に、今回のゲストキャラクターを説明しよう。


 ゲストの名前は、コトリ・チョウツガイ。冒険者レベル1。スマイルレベル23。装備はメイド服と〝かわのたて〟。武器は〝どうのつるぎ〟。あと、大きなリュックを背負っていた。

 とある公益冒険者ギルドにあるアイテム鑑定所の受付嬢、つまり看板娘だ。

 彼女の選ばれしスキルは、酸性耐性おす、めっちゃスキ。なんにでもお酢をかけて、おいしくご飯を食べることができる。




 勇者ご一行は、魔王の扉の前で、最終確認を行っていた。


 勇者テンセン・チチュウは言った。


「みんな! これが最後の戦いだ! 気合入れろよ! ビクついてんじゃないぞ!」


 武闘家の娘、タツミ・イヌウシは言った。


「って、あんたが一番びくついてるでしょ。足、ガタガタじゃない」


 勇者テンセン・チチュウは足を震わせながらいった。


「む、むむむ武者震いだ!」


 エルフの魔道士ホクト・ノースポイントは言った。


「それ、誤用。

 〝武者震い〟は、武者が戦に向かう前に、適度な緊張で気持ちが高まり、震える様子。昨日のお布団の中のテンセンのこと。ステキ。

 現在発生しているのは、恐怖や緊張をやせ我慢しているせいで震える行為。つまりはヘタレ」


 武闘家タツミ・イヌウシは、イジワルな可愛らしい笑顔で言った。


「ほんと、昨日のたくましさはどこへ行ったのかしら?」


「う、ううるさいなあ!」


 勇者テンセン・チチュウは顔を真っ赤にして言い返した。

 そして奇跡が起こった。テンセン・チチュウの〝幸運値〟が上限を超えた。限界突破して、61になった。

 タツミ・イヌウシ、ホクト・ノースポイントに対しての〝幸運値〟が61になった。愛の奇跡だった。


 ゲストのコトリ・チョウツガイはニコニコしながら関西弁のトーンで言った。


「昨夜はおたのしみだったみたいですね。

 とりあえず、魔王を倒して、本日もお立ち寄りください。スイートルーム空けときます。各種オプションアイテムもご用意しております」


 この言葉に、勇者ご一行はいろめきだった。公益ギルドは宿屋を併設していたのだ。


 テンションがMAXになった勇者ご一行は、勢いよく魔王の玉座の間のドアを空けた。

 厳密には、武闘家の娘、タツミ・イヌウシが蹴り破った。

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