第20話

 俺は湯船に浸かるといつも考え事をする。

 たまに思い出に浸ったり、明日することを確認したり。

 そんな俺は今日、やらなきゃいけないことと昔のことについて考えていた。

 

 俺は小学五年生の時、好きな女の子がいた。

 天音 奏。

 亜麻色の髪で小さく可愛らしい女の子。

 彼女は五年生の時に転校してきた。

 そして俺たちの入っているサッカークラブにも入ってきた。

 彼女とはサッカーを通して仲良くなった。

 俺と彼女は同等レベルにサッカーができて話も楽しかった。

 そして俺は彼女に興味を持った。

 

 日が経つにつれ、その興味は恋心へと変わっていることに気づいた。

「全国大会に行ったら告白しよう」

 俺は唐突にそう思った。


 そして五年生の決勝。

 俺たちは見事勝利し、全国大会を決めた。

 

 そして俺は全国大会を決めた次の日に奏をデートに誘った。

「明日告白するんだー」

 なかなか夜は眠れなかった。

 楽しみとドキドキが溢れそうだった。


 そしてデート当日。

 悠亜と海斗に背中を押されウキウキで待ち合わせ場所へと向かった。

「おーい、奏ー!」

 待ち合わせ場所に奏が見えたので俺は声をかけた。

 彼女はゆっくりとこちらに振り向いた。

 その顔を見て俺は一瞬、言葉を失った。

 泣いていたのだ。

 なんでだ。

 なんで。

「どうしたの?」

 俺の問いに彼女は軽く笑って答えた。

「やっぱり空くんは優しいね」

 涙が溢れていた。

 彼女の涙を見た俺はなぜか、告白していた。

「俺は奏のことが好きだ! 俺と付き合ってくれ。俺ならお前を泣かせない。悲しい思いもさせない」

 なぜだろう。

 今でもわからない。

 別れを告げそうに感じたから?

 元気付けれると思ったから?

 全て推測でしかない。 

 あの時の俺は何を考えていたのだろうか。

 いまだにわからない。

 

 そんな突然の告白に彼女は微笑んだ。

「ありがとう。でもね私じゃあなたに釣り合わない。ごめんね。バイバイ」

 その言葉に俺は何も言えなかった。

 そして帰っていく彼女に声をかけることもできず、俺は振られた。


 次の日、彼女が転校した。

 

 俺は彼女が転校した日の夕方、柄にもなく河川敷の土手で黄昏ていた。

 何を考えるでもなく、何をしようとするわけでもなく。

 振られた俺は空っぽだった。

 いつもの自信も明るさも何もかもがなく、抜け殻。

 ただ空を眺めているだけ……。

 そしていつしか、夜になっていた。

 星があちらこちらに見え、田舎の絶景ほどではなくとも都会にしては綺麗だった。

 そんな空を俺は眺めていた。


「空」

 いつからか隣には父がいた。

「何?」

 俺のそっけない返答に父は苦笑していた。

「女の子に振られたからって父にまで冷たくすんなよな」

「慰めに来たの?」

 嫌味っぽく言った。

 

「いや、違う」

「じゃあ何しに来たの?」

「俺の本を布教しに来ただけだけど?」

「へ?」

 父は小説家でそこそこ人気だ。

 しかし俺は今まで父の小説を読んだことはなかった。

 いつも父が照れて読まなくていいって言うから。

 それと小説は読むのがしんどいから。

「聞いてくれよ。今回のは超自信作なんだ! それと今のお前にぴったりな話だと思ってな」

「え、ちょ、俺は読まないよ?」

「いいから読め」

 そう父は俺に一冊の本を押し付けていった。


 そしてこの本が俺に力をくれた。


 それと目標ができた。

 いつまた会えるかわからないけど次会った時には必ずあいつを、俺を振った奏が振ったことを後悔するぐらいかっこよくなって見返してやる。

 つまんない意地だけど、そう俺は決めた。


 それでようやく俺の主人公になる物語は始まるんだ。

 

 


 

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