第5話 トークと刺客

『練習、見てたでしょ。ちょっと話したいことがあるんだけど』


 まさか見ていたことがバレていたとは。


『私の動き見てたでしょ? どうだった?』


 えっ。てっきり怒られると思って身構えて、隣の人をどついてしまった俺は、それを見て安堵でへにゃっとなる。当然隣の人には睨まれているが、そんなこと気にしていられない。


 正直、無駄な動きが少しあった。初心者の俺でも見て分かるのだから、相当だろう。それをそのまま送ると、


『やっぱりそうだよね、私も分かってるんだけど…』


 どうやら氷沢は落ち込んでいたようだ。感情が読み取れないのがメッセージの悪いところの一つである。まあ、リアルでも自信ないんだけど。とりあえずなんかフォローしておくべきだろう。


『でも、取り組む姿勢はよかったし! 俺も中学の時野球やってたんだけど、そうやってひたすらに取り組めるのって大事だと思うし!』


 これを送ったとき、あ、やったと思った。我ながらフォローが下手すぎる。俺は電車の中で悶え、また肘で隣の人をどついてしまった。隣の人の眉間のしわが深くなる前に、電車は最寄り駅に着いた。危なかったぜい。


 改札に続く階段を上る。この階段も現役の時は余裕だったのに、今は上のほうで足がつらくなってしまう。


 改札を通るときにICカードを出す。ICカードは手帳型のスマホに入れているので、その通知をしっかりと俺に伝えた。


『ありがと、そう言ってもらえると私も嬉しい』


 あれまさかこいつ、案外ちょろかったりするのだろうか。しかも痴漢の件まだ疑われているはずなのにこの反応やトークアプリで聞いてきていること、意味が正直わからない。


 俺は気になったことはすぐに聞くタイプだ。だからこのこともすぐに聞いてしまう。


『てかさ、俺のLIMEどこで知ったの? 教えてないはずなんだけど』

『あと、なんで俺に聞こうと思ったの? 俺のことまだ疑ってるんだろ?』


 改札を抜けた先にあるコンビニに寄る。大好きなグミの姿を見つけ、手に取ってレジまで持っていく。レジの前は何人か既に並んでいて、狭い店内はさらに狭く感じた。


☆☆☆


「ありがとうございましたー」


 買ったグミを手に、俺は駅の出口へ向かう。駅を出ると、外はもうすっかり暗くなっていた。とりあえず買ったグミを開け、一つ口に入れる。うーん、やっぱりうまい。なんだろう、グミだけで生きていけそうな気がする。


 まあ歩きながら食べるわけにはいかないので、残りはあとで食べようと鞄にしまう。そうだ氷沢から返信来てるかな?スマホを手に取って通知を確認する。あ、来てる。なになに…


『連絡先はあなたと同じクラスのテニス部の子から、まあどうせ名前言ってもわからないでしょうから伏せておきますけど。そして、別にまだあなたのことを許したわけではないですから』


 ちょろい、と思っていたのは気のせいだったかもしれない。してやられた感じがして何となく悔しくなる。


 そして、LIMEに夢中になっていた俺は、背後から近づいてくる存在に気づくことができなかった。


「あっ、透也、さっきまでこれ脈あるかも、って思ってたでしょ?」


「うわっなんだよ! びっくりした!」


「はっはは~、透也変な顔~」


 驚きと図星で今の俺の顔はひどいことになっているのだろう。こいつは水原萌依めい。俺の幼馴染だ。


「うっせぇわ、今それどころじゃないんだって」


「はいはい、彼女さんとのトークでお忙しいんですよねー、これは失礼しました」


「っ!? 違うわ! 別に彼女じゃないっての!」


 今口の中に何かがあったなら、間違いなく噴き出していただろう。


「はいはい」


 萌依は信じていない様子だ。いやいや、トーク履歴見てただろお前。


「にしても、まさか透也に私以外の女友達ができるなんてねえ、感慨深いなあ」


 明らかに馬鹿にしたような発言。でも、俺の顔には笑顔が浮かんでいた。


「じゃあね~、彼女さん、大事にしなよ~!」


「だから彼女じゃないっつーの!」


 はあ、氷沢の好感度はマイナスのままか。夏澄や萌依は読めないが。


 とりあえず帰ったらオリ曲のこと考えないと、昨日思いつかなかったし。とりあえずそう考え、家の方向に足を向けた。

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