掌編小説・『マリモ』
夢美瑠瑠
掌編小説・『マリモ』
掌編小説・『マリモ』
マリモを育てたことがある人というのは少ないかもしれないが、僕はあります。
担任の先生に、北海道~阿寒湖旅行のお土産として、同級生4,5人がもらった。先生の留守に、その4,5人が先生の借りている家の庭に水をまいたりして、色々と植物の世話をしたのでご褒美代わりに頂いたわけです。
もらったマリモは、直径が3センチくらいで、綺麗な緑色で、水に沈めてやると、中空に浮いている。しばらくすると、光合成をして、細かい酸素の泡がびっしりとつく。酸素を吐くのだから、メダカを入れてやると、共棲してアクアリウムができるか?とか思ったが、なぜかメダカはすぐ腹を上にして浮いてしまう感じになった…
面白いので可愛がっている感じだったが、夏休みの終わりごろには飽きてきて、庭の池に放り込んだ。そのまま忘れていたのですが、ある日に池を覗くと、なにか細かい泡が、底のほうからブクブクブク…という感じに湧いて出てくるのが見えた。まさかマリモがまだ生きていて成長して泡を吐いているのだろうか?そう考えて、昆虫の採集用の大きい網でその辺を掬ってみるというと、何か大きいものが引っかかってきた。豈はからんや、成長したマリモで、直径が30センチくらいになっていて、苔のようだった藻も、蔦植物のようにところどころ樹木化したりしている。
勿論、阿寒湖ではこんな風にどんどん成長するのだろうが、池でもミドリガメみたいにこんなに大きくなるのかーと感嘆した。
で、またそのまましばらく置いておくと、一年後には、池全体が、マリモになってしまった。
全体に蔓延って、それ以上成長できなくなった感じで、それでも生きているらしい。
これは珍しい、と思って地元の新聞社に連絡すると、調査して、取材したいという。やってきた新聞記者は、非常に珍しい現象だが、こういうこともまれにはあって、「スーパーマリモ」と呼ぶのだという。
こうなった場合には、非常に池が特殊な高酸素、高栄養化状態になるので、古代の地球のような生物相が再現されるようなジュラシックパーク?状態になるらしい。
ミジンコとかプランクトンとか、本来微小な生物を培養して巨大化できたり、淡水に棲息する動植物の近隣種を接合してハイブリッドを作ったり、そういう生物実験の絶好の温床になるのだという。
で、色々と実験をして、そうした巨大化生物の標本を作ったりしたいというので、東京から偉い先生が訪ねてくる、という話になった。
田舎の僕の家の周りには、先生が訪ねてくる日にはびっしりと人垣ができて、東京のテレビ局までやってきた。
「こちらが帝都大学教授の神吉陽 衛博士です。博士は理論生物学がご専攻で…」この、「スーパーマリモ」を紹介した新聞記者がそこまで言いかけると、博士は、挨拶をせずに、いきなり割って入って話し出した。
「わしは生物現象全般に興味があるが、わりとこうした不思議な植生の森とか、特殊な環境の湖沼の生物相だとか、あと未知の深海生物とか、他にはキメラだとかホムンクルスだとかUMAとか、割と科学になじまない神秘的な生物現象にも目配りが行き届いていることで有名じゃ。」
手塚治虫の漫画に出てくるステロタイプな碩学の大博士を彷彿とさせる感じに、真っ白な鼻下髭と、顎鬚をぼうぼうと蓄えている博士はにこりともせずにそこまで言った。
「”スーパーマリモ”のことは聞き知っていたが、実際見るのは初めてなので、今日はワクワクしている感じじゃ。よろしくな、坊主」
初めて少し表情が和らいで、博士は僕の手を握った。
大勢見物客がいたが、博士は全く意に介さない、という感じに黙々と作業を始めた。しかし、僕には問わず語りにやっていることについていちいち説明をしてくれた。
こんな感じである。
「いくつかの生きた標本を持ってきたが、どういう生物がどういう反応を示すかは
未知数で、わしにも見当がつかん。これはプラナリアといって、身体全体がトカゲのしっぽみたいに再生するのが特徴じゃ。生物実験にはよく使われる。おおっ。すごい。池の中だと切断した部分がみるみる再生していく…
この現象だけでも博士論文が書けるぞ。聞きしに勝る神秘なジャングルじゃな。」
… …
そうやって、僕の家と東京を往復しながら殆ど不眠不休で二週間ほど博士は実験を続けて、「すごい、すごい」、「奇跡だ」とか散々に僕のマリモをほめてくれた。
まるで青年のように目を輝かせて夢中で実験をしている博士の姿には、「学問の鬼」とでも言いたくなるような迫力がにじみ出ていた。
… …
ある日、縁側でお茶を飲みながら、博士は僕にこういう話をしてくれた。
「生命が想像されてきた太古の地球というのはな、丁度この奇跡の池のように全体が豊饒なエネルギーに満ち満ちた海だったんだと思う。千変万化な生命現象が織りなす百花繚乱な錦絵絵巻とでもいうのか…すこぶる生産的で反応的だったのじゃ。
今の地球は違う。生態学者やわしたち生物学者はみな「地球が病気だ」と思っている。年に10万もの動植物の「種」が途絶えて、途方もない数の絶滅危惧種がある。
汚染された大気も、海も、気息奄々で、人間でさえ近い将来には住めなくなっていく環境となる可能性がある。
異常気象や、天変地異というのは地球の、いわゆるガイアの女神の怒りの表現だと、わしは思っている。人類は瀕死の地球に復讐されている。
それもなあ、自業自得ではないかと、思うのじゃ。
しかしまだ手遅れだとは思っておらぬ。この驚異のマリモのように、まだまだ自然には底力が残っていて、自浄作用というものを発揮できていく可能性がある。
わしらはこういうマリモの研究とかその成果を生かした後進の啓蒙を通じて少しずつでも一緒に地球の病気というものを癒していける、新しい意識の高い世代の人々を育てていかなければならんと思っている…」
… …
「なあ、坊主。この池は、いやスーパーマリモはわしのライフワークになりそうじゃ。神秘な生物現象の宝庫なのじゃ。多種多彩なキメラも作り放題。可能性は無限大じゃ。何だったら原始的な新種の単細胞生物でも培養できそうじゃ。
このスーパーマリモを譲ってくれないか?わしはこの近くに引っ越してくるから…」
「もちろんいいですけど…こういう研究の成果とかは発表なさるんですか?」
「もちろんしとるよ。今日の朝刊を見たまえ。」
僕はあわてて朝刊を取りに走った。
そこには一面の見出しに、『幻の生命の原始の海・スーパーマリモ発見!奇跡的な現象が続々と』
というどデカい活字が、躍っていて、僕と教授とスーパーマリモの写真がこれもでかでかと載せられているのだった。
「な、坊主。」博士はにっこりと笑ってウィンクした。
「この記事はわしらの「のろし」なんじゃ。」
僕は驚いたのと感動したのとで、なんだか目頭が熱くなる感じがした…
<終>
掌編小説・『マリモ』 夢美瑠瑠 @joeyasushi
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