1章6話『3人の旅立ち』

 午前中は緑寮の修復や怪我人の治療だ。怪我をしていても、魔法は使えるし、動けるものは動かないと修復が間に合わない。カナリの治療を手伝ってから、あずさ、将器ショウキとともに昨日の長椅子で昼食をとった。今日は皆、動きやすい姿だ。


 あずさ、将器ショウキといえば、昨晩の戦い以来一層深まっていたように見える。今日も肩を寄せ合っていちゃついているが、もはや見慣れた光景である。


 昨日の残り物の餅を食べ、微笑ましい二人を横で、ぼんやり黒ローブのことを考えていた。


あずさ「蔭蔓カゲルは、あの黒い魔法使いのこと考えているの?」


 あずさが先ほどから無反応な蔭蔓カゲルに尋ねた。図星だったが、黒ローブの話は蔭蔓カゲルだけの秘密にしなければならない。それに、個人的な興味に二人を巻き込みたくもない。


蔭蔓カゲル「いや、進路のこと。実は俺、ラルタロス魔術学校の魔物部に行くことにした。」


将器ショウキ「おい!どうした急に!!」


 将器ショウキが嬉しそうに肩に手をまわした。


蔭蔓カゲル「イテェーよ。」


あずさ「ついに頭のねじが全部抜けたとか?」


蔭蔓カゲル「いや、魔獣と戦えないと生きていけないと思ってさ。」


あずさ「蔭蔓カゲルらしいね。」


 嘘をついた。


あずさ「でも、何はともあれ、これでまた3人一緒だね。」


 そうだ。それは俺にも朗報だ。


将器ショウキ「俺はそうくると思っていたぜ!流石、俺らの蔭蔓カゲルだ!」


蔭蔓カゲル「それ、どういう意味?」


将器ショウキ「改めて、よろしくな。」


蔭蔓カゲル「ああ。宜しく頼むよ。」


 寮に戻ると、カナリとキリが迎えてくれた。


カナリ「待っていたわ。一応、全員の緊急な処理は終えたの。」


蔭蔓カゲル「お疲れ。というか早いね。」


カナリ「建物自体の損傷は少なかったの。バリケードのおかげよ。ありがとう、良い案だったわ。でも、怪我人の治療は終わらないから、後一週間は手が離せないわね。」


蔭蔓カゲル「後部への接続って大丈夫なの?もう、荷物まとめないといけないんじゃ。」


カナリ「あたしは、ここの後部進学だから移動ほとんどないし、荷物もゆっくり移せばいいから。あれ、結局、他校の後部に行くことにしたの?」


蔭蔓カゲル「まぁ、ラルタロス魔法学校に。」


カナリ「へぇ、なにがあったんだか。まぁ、頑張りなさいよ。さて、次に行かないとっ!」


 カナリが疲れのせいかよろけたのをキリが受け止めた。


キリ「ちょっとは休めよ。」


 キリの視線はカナリを見ていた。二人はしばし見つめあって、カナリは顔を赤らめて、「そうね。」と言った。


 まぁせいぜい、お二人で幸せにお過ごしください。


 他の最高学年残り二人は双子のカイト、リンド。二人は工作が得意で、緑寮が再度襲われたときのために、対魔獣用の胞子砲弾システムを構築している真っ最中。


 カナリが治療の指揮を取る一方、アザミは緑寮の他の寮員たちをまとめて、寮の修理に当たらせている。襲撃にも屈することなく、皆、新しい年度を迎えようと良い雰囲気を作りあっていた。


 新しい年度の始まりは、蔭蔓カゲルにとってアミテロス魔法学校での生活の終わりを意味している。


 8年もいたアミテロス島だが、実はそれほど執着はなかった。強力な結界に守られたこの学校で、蔭蔓カゲルの時間は完全に止まっていたのだ。それがやっと動き出すときなのだ。


 すでに、自分の身の回りのものは、昔の思い出のように感じられた。カイト、リンド兄弟と作った蛇が時計を口にくわえた形の木彫りの目覚まし時計も、つぎはぎだらけの毛布も、キリと眺めた窓辺の景色も懐かしく思われた。


 深夜皆が寝静まったころ、蔭蔓カゲルはゆっくり旅支度を始めた。


 まず、例の目覚まし時計は持っていくことにした。その他は事務所によれば、新しい寮に移動するにあたって必要な最低限の荷物は次の通りだった。


失敗したくない人向け、学校移動時の持ち物リスト!!

MB 多いければ多いほど良い。

地図、時計、衣服、通貨(MB)、非常食(食あたり防止)、浄水器、救急パック、武具、※結界石(魔獣の侵入を防ぐ結界としての役割を果たす.MB)、火薬、その他(必要に応じて各自持ち物をそろえること.)

MB 多いければ多いほど良い。

※ すべての魔獣に有効とは限らない。


 これだけ見ると、サバイバル用品ばかり多くて嫌な予感しかしないな。移動ってそんなに危ないのか。というか、食あたり防止ってなんだよ。


 それからの数日は、治療と修理の作業と、持ち物の処分と、新生活への荷物の支度に追われた。翌朝、蔭蔓カゲルはまず非常食から準備した。


 というのも、カイト、リンド兄弟に進学先を話すと、


カイト「そうだ。畑の山菜、3等分して山分けにするか。うん。そうしよう。」


 となったからだ。畑というのは緑寮所有の畑のことで、魔獣の襲撃を運よく免れ、無事だった。


リンド「いやぁ、育てすぎも考え物だよねぇ。」


蔭蔓カゲル「ああ、摘むのが面倒ったら。ただでさえ、片手動かないのに。」


カイト「根を上げるのはまだ早いぜ。これから、塩漬けにするんだからな。」


蔭蔓カゲル「ですよね。」


 数週間は救急パックには、標準的なセットに加え、干した松葉蘭マツバランなどを入れて個性をだしておいた。ちなみに、松葉蘭マツバランはシダ植物で、打撲時の治療に用いたりする。


カイト「しかし、魔物部なんて、また、タフなとこ志望するね。」


蔭蔓カゲル「カイトとリンドは?」


リンド「蔭蔓カゲル以外はここ。」


蔭蔓カゲル「なるほど。」


リンド「まぁ、昔から君は昔から変人だから。」


蔭蔓カゲル「どのへんが?」


カイト「蛇龍でも倒したら、うろこでも送ってくれよ。そうしたら、粉末にして送り返す。」


 カイトとリンドは蔭蔓カゲルより癖が強い。あっけなく、蔭蔓カゲルの質問はなかったことになった。ちなみに、蛇龍というのは強力な魔獣の一種で、大切なことは遭遇したらいかに逃げるかということは前部の授業で教わった。

 

 カナリに毎日傷を治療してもらって、骨もつき腕も動くようになった。そしていよいよ出発の日の前日を迎えた。


3月27日 早朝6時 アミテロス魔法学校正門にて 蔭蔓カゲル


 将器ショウキ、あずさと待ち合わせていた。他の二人と異なり、緑寮から他校に進学するのは蔭蔓カゲルのみだったので、他の10年生の4人が見送りに来てくれた。


カナリ「たまに、手紙でも出しなさい。」


カイト「蛇龍のうろこもね。」


蔭蔓カゲル「はいはい。」


リンド「言ったからには、きちんと送れよ。」


蔭蔓カゲル「蛇龍のうろこは知らんけど。」


キリ「元気でな。」


蔭蔓カゲル「みんなもな。」


 俺はそう言って別れると、あずさや将器ショウキたちと合流した。


3月27日 早朝6時30分 アミテロスの社に行く道中にて 蔭蔓カゲル


蔭蔓カゲル「ところでさ。どういう経路でラルタロスに向かうの。船?」


あずさ「聞いてないの!?驚き。これから、アミテロスの社へ行くのよ。船じゃないわよ。」


蔭蔓カゲル「ふーん。」


 あずさは、さも当たり前のように言うが、北側の大陸の東端の国であるラルタロスに船を使わずに行くなんてできるだろうか。


将器ショウキ「それより、社の境内までは、結界の保護下にないってさ。」


蔭蔓カゲル「魔獣、大丈夫なの?」


あずさ「この辺は魔獣が少ないエリアだって地図に載っているけど。」


将器ショウキ「そうなのか。」


 学生が公に利用する道ぐらい、すべて結界で保護しておけよ。


 しかし、辺りを見回したが、今のところ襲ってくるものはいない。


あずさ「地図ではあと3km程度よ。速く進みましょう。」


 地味に遠いな。


 魔獣に出くわすかと注意を払ったが、何事もなく3人は無事アミテロスの社の正面に到着した。古びた木製のの巨大な鳥居をくぐって、そのまま奥の本堂らしいところ前に到着した。

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